
生きている世界を作品に いとう菜のはさん (mirageなお客様 第1回)
いとう菜のはさんを知ったのは
『ショート・ストーリーなごや』という短編小説のコンテストの時だった。
コンテストでの受賞作『笑門来福』は2014年に
いとう菜のは脚本、酒井麻衣監督で映画化されることになる。
あの当時惜しまれつつ閉館した大須演芸場を
撮影に使った貴重な作品だ。
(大須演芸場は2014年に一度閉館し、2015年に復活した。)
作品を書いた人がそのまま脚本も担当するということは
『ショート・ストーリー・なごや』では珍しく、
よく覚えていたのだった。
そして去年、あいち国際女性映画祭に『笑門来福』が出品されたときに
会場で初めてお会いした。
だからいとう菜のはさんという人をそこまで知っていたわけではない。
でもお近づきになりたい。
その思いで取材をお願いしたところ
今回、『函館珈琲』公開にあたっていとう菜のはさんに
インタビューすることができた。
コーヒーをテーマに作品を作る人に悪い人はいないと
自分は常々思っており(単なる思い込みかもしれないが)、図々しくも
名古屋シネマテークの舞台挨拶終了後に
根掘り葉掘りお伺いした。
『Cafe mirageなお客様』は映画やコーヒーに関わる人を特集取材するコーナー。
その1回目は名古屋在住、脚本家のいとう菜のはさん。
”脚本家 いとう菜のは”が生まれた過程
Q:菜のはさんが書いた初めての脚本は?
「さっき名古屋シネマテークで舞台挨拶したときに高校時代、
シネマテークに通っていた話をしましたが、
高校時代に色々お話を作ってみんなに回していたことを同級生に会って思い出しました。
みんなが続きが読みたいと言ってくれて。
妄想するのが好きでした。妄想少女(笑)。それがきっかけだったと思います。」
Q:そのまま脚本を書き始めたんですか?
「いえ。今も普通に平日は働いています。
昔はケーブルテレビで製作の仕事をしていて自分で企画して撮って編集して…
ってやっていました。
その後会社を辞めてどっぷり10年専業主婦をして。
離婚して子供2人を自分で育てるってなったときに自分のアイデンティティってなんだろう?
と思って。誰々の奥さんとかそういうものじゃなく。
自分がやりたいものって何だろうと考えたら映像の仕事だったんです。」
Q:なぜ小説でなく、脚本だったんでしょう?
「総合芸術が好き。みんなで作る方が楽しいんですね。
私はみんなの知識が色々入って作品を作るのが好きなんです。」
Q:脚本の勉強はされたんでしょうか?
「シナリオライター養成講座には通いました。名古屋の文化センターの講座であったんです。
書き方というよりは脚本家としての心構えを教えて頂いた感じです。」
脚本家は待つだけではダメ。動かなければ何も始まらない
Q:書くのに行き詰ったときはどうしますか?
「全然違うことをします。書いている時間だけじゃなくて他のことをやっている
すべてが作品を作る時間になります。
専業主婦をやっているときに書けばよかったって思うときもありますが
主婦をしていた10年がある人生がベースで
"一般の地に足をつけた人の生活を知っているライター"として
私にしかできない仕事があるかなと。
映画を見に来る方たちは満員電車に揺られたり、月曜日は会社に行くのに気が重かったり。
そういう生活をしている方たちが娯楽を求めて映画を見に来る。
そこをわかっている人間じゃないとダメだと思っていますし、
みんなそれぞれ何か抱えて生活しているわけですからそこを描きたい。
後は物事を俯瞰で見られないなとダメだなと。
どっちがいいとか悪いとかではなくどちらにも正論があるわけですから。」
Q:脚本はたくさん応募されたんですか?
「はい。コンクール受賞歴はそれなりにあるんです。
賞をもらったら即デビューと思っていたんですけどそうでもないことを学んで。(笑)
これが東京在住であればプロデューサーさんなど製作関係の方に会う機会もあるでしょうから
また次の仕事に発展することもあるとは思うんですが
地方で働きながら書いているとなかなか…。」
Q:函館港イルミナシオン映画祭へのシナリオは初めから映画化が決まっていたんですか?
「自分から映画化してもらえるように動きました。いろんな監督にお声がけして。
返事が返ってきた監督もあればなしのつぶての監督も。
西尾孔志監督は『ぜひやらせてほしい。』と言っていただけたのでお願いしました。
"『ソウルフラワートレイン』がジェリービーンズなら『函館珈琲』は金平糖です"と
イメージを伝えました。
キャストも一子役をいつか自分の作品に出てほしいと思っていた片岡礼子さんに
お願いすることができて。嬉しかったですね。
映画祭ディレクターのあがた森魚さんもお会いしたいと思っていた方で
まさかこんなに親しくさせていただけるようになるとは思っていませんでした。」
Q:撮影現場に行かれたと聞きましたが作品が形になっていくのを見るのはいかがでしたか?
「12日間のうち10日は現場にいました。車両部として送迎もやりました。
撮影前まで『それはいる、いらない。』と話したところもありましたが
現場では基本的には監督におまかせの状態で。
撮影現場にはいつか自分の作品を撮ってほしいと思っていた
すごいスタッフさんがいたこともあり感激でした。」
Q:『函館珈琲』の翡翠館の人々が魅力的ですね
「昔からこういう人たちを描きたいと思っていた人たちを集めて一度に出しました。
収入よりも自分のやりたいことをやる、どこか自分と通じるところもある人たちが
集まっている感じもします。長い人生の一部分を切り取った、
翡翠館にいる間を描いている作品です。」
翡翠館に住む人達の人生の1ページが描かれる『函館珈琲』。
そこにはいとう菜のはさんの経験もいくつか含まれているのだろう。
翡翠館に住む人達の1ヶ月での変化が描かれる。
優しさだけではない映画だがどこか温かくほっとする。
共感出来る部分がたくさんあった。
最後に。Cafe mirage独特の質問を投げ掛けてみた。
Q:『函館珈琲』でも珈琲が出てきて、とても飲みたくなります。
菜のはさんにとってのコーヒーとは?
「子どもの頃、お砂糖もミルクも入れないコーヒーが飲めるようになるなんて、
想像もできませんでした。それが今では立派な珈琲中毒で、
いつブラックコーヒーが飲めるようになったのか、
その境界線が曖昧なんです。でも自分の中でなにかしらの変化があったはずで、
そのグラデーションを描くのが映画だと思っています。
コーヒーが好き、というよりも丁寧に淹れたコーヒーをゆっくり飲む、
という時間そのものが好きのかもしれません。」
映画を愛してやまないいとう菜のはさん。
脚本の中だけではなく普段の話の随所に素敵な言葉がちりばめられた方だった。
またゆっくり美味しいコーヒーを飲みながら
映画やドラマの話をしたいと思う癒しの女性だ。
復業(副業)が認められそうな動きの今、地方に住んでいても仕事は出来る。
やりたいことと仕事も両立できる。
それを彼女に教えてもらった気がした。
映画『函館珈琲』は現在も公開中。
映画紹介記事はこちら↓
「函館・翡翠館、そこは原石を磨く場所(映画『函館珈琲』)」
http://cafemirage.net/archives/174
おすすめの記事はこれ!
-
1
-
ロイヤル劇場存続をかけてクラウドファンディング開始! 【ロイヤル劇場】思いやるプロジェクト~ロイヤル、オモイヤル~
岐阜市・柳ケ瀬商店街にあるロイヤル劇場は35ミリフィルム専門映画館として常設上映 ...
-
2
-
第76回 CINEX映画塾 映画『波紋』 筒井真理子さんトークレポート
第76回CINEX映画塾『波紋』が7月22日に岐阜CINEXで開催された。上映後 ...
-
3
-
岐阜CINEX 第17回アートサロン『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』トークレポート
岐阜CINEX 第17回アートサロン『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクシ ...
-
4
-
女性監督4人が撮る女性をとりまく今『人形たち~Dear Dolls』×短編『Bird Woman』シアターカフェで上映
名古屋清水口のシアターカフェで9月23日(土)~29日(金)に長編オムニバス映画 ...
-
5
-
映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』公開記念 アルノー・デプレシャン監督舞台挨拶付き上映 伏見ミリオン座で開催決定!
世界の映画ファンを熱狂させる名匠アルノー・デプレシャンが新作『私の大嫌いな弟へ ...
-
6
-
自分の生きる道を探して(映画『バカ塗りの娘』)
「バカ塗りの娘」というタイトルはインパクトがある。気になってバカ塗りの意味を調べ ...
-
7
-
「シントウカイシネマ聖地化計画」始動!第一弾「BISHU〜世界でいちばん優しい服〜」(仮)愛知県⼀宮市にて撮影決定‼
株式会社フォワードがプロデュースし、東海地方を舞台にした全国公開映画を毎年1本ず ...
-
8
-
エリザベート40歳。これからどう生きる?(映画『エリザベート1878』)
クレオパトラ、楊貴妃と並んで世界の三大美女として名高いエリザベート皇妃。 彼女の ...
-
9
-
ポップな映像と音楽の中に見る現代の人の心の闇(映画『#ミトヤマネ』)
ネット社会ならではの職業「インフルエンサー」を生業にする女性を主人公に、ネット社 ...
-
10
-
豆腐店を営む父娘にやってきた新たな出会い(映画『高野豆腐店の春』)
尾道で小さな豆腐店を営む父と娘を描いた映画『高野(たかの)豆腐店の春』が8月18 ...
-
11
-
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』11/10(金)より名古屋先行公開が決定!海外展開に向けたクラウドファンディングもスタート!
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』が 11月10日(金)より、ミッドランドスクエア ...
-
12
-
『Yokosuka1953』名演小劇場上映会イベントレポート
ドキュメンタリー映画『Yokosuka1953』の上映会が7月29日(土)、30 ...
-
13
-
海外から届いたメッセージ。66年前の日本をたどる『Yokosuka1953』名古屋上映会開催!
同じ苗字だからといって親戚だとは限らないのは世界中どこでも一緒だ。 「木川洋子を ...
-
14
-
彼女を外に連れ出したい。そう思いました(映画『658km、陽子の旅』 熊切和嘉監督インタビュー)
42才、東京で一人暮らし。青森県出身の陽子はいとこから24年も関係を断絶していた ...
-
15
-
第75回CINEX映画塾 『エゴイスト』松永大司監督が登場。7月29日からリバイバル上映決定!
第75回CINEX映画塾 映画『エゴイスト』が開催された。ゲストには松永大司監督 ...
-
16
-
映画を撮りたい。夢を追う二人を通して伝えたいのは(映画『愛のこむらがえり』髙橋正弥監督、吉橋航也さんインタビュー)
7月15日ミッドランドスクエアシネマにて映画『愛のこむらがえり』の公開記念舞台挨 ...
-
17
-
あいち国際女性映画祭2023 開催決定!今年は37作品上映
あいち国際女性映画祭2023の記者発表が7月12日ウィルあいちで行われ、映画祭の ...
-
18
-
映画『愛のこむらがえり』名古屋舞台挨拶レポート 磯山さやかさん、吉橋航也さん、髙橋正弥監督登壇!
7月15日ミッドランドスクエアシネマにて映画『愛のこむらがえり』の公開記念舞台挨 ...
-
19
-
彼女たちを知ってほしい。その思いを脚本に込めて(映画『遠いところ』名古屋舞台挨拶レポート)
映画『遠いところ』の公開記念舞台挨拶が7月8日伏見ミリオン座で開催された。 あら ...
-
20
-
観てくれたっていいじゃない! 第10回MKE映画祭レポート
第10回MKE映画祭が7月8日岐阜県図書館多目的ホールで開催された。 今回は13 ...
-
21
-
京都はファンタジーが受け入れられる場所(映画『1秒先の彼』山下敦弘監督インタビュー)
台湾発の大ヒット映画『1秒先の彼女』が日本の京都でリメイク。しかも男女の設定が反 ...
-
22
-
映画『老ナルキソス』シネマテーク舞台挨拶レポート
映画『老ナルキソス』の公開記念舞台挨拶が名古屋今池のシネマテークで行われた。 あ ...
-
23
-
「ジキル&ハイド」。観た後しばらく世界から抜けられない虜になるミュージカル
ミュージカルソングという世界を知り、大好きになった「ジキル&ハイド」とい ...
-
24
-
『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシク久しぶりの映画はワケあり数学者役(映画『不思議の国の数学者』)
映画館でポスターを観て気になった2本の韓国映画。『不思議の国の数学者』と『高速道 ...
-
25
-
全編IMAX®️認証デジタルカメラで撮影。再現率98% あの火災の裏側(映画『ノートルダム 炎の大聖堂』)
2019年4月15日、ノートルダム大聖堂で、大規模火災が発生した。世界を駆け巡っ ...
-
26
-
松岡ひとみのシネマコレクション 映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』 阪元裕吾監督トークレポート
松岡ひとみのシネマコレクション 映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』が4月1 ...
-
27
-
映画『サイド バイ サイド』坂口健太郎さん、伊藤ちひろ監督登壇 舞台挨拶付先行上映レポート
映画『サイド バイ サイド』舞台挨拶付先行上映が4月1日名古屋ミッドランドスクエ ...
-
28
-
第72回CINEX映画塾 映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』足立紳監督トークレポート
第72回CINEX映画塾が3月25日岐阜CINEXで開催された。上映作品は岐阜県 ...
-
29
-
片桐はいりさん来場。センチュリーシネマでもぎり(映画『「もぎりさん」「もぎりさんsession2」上映+もぎり&アフタートークイベント』)
センチュリーシネマ22周年記念企画 『「もぎりさん」「もぎりさんsession2 ...
-
30
-
カンヌ国際映画祭75周年記念大賞を受賞したダルデンヌ兄弟 新作インタビュー(映画(『トリとロキタ』)
パルムドール大賞と主演女優賞をW受賞した『ロゼッタ』以降、全作品がカンヌのコンペ ...
-
31
-
アカデミー賞、オスカーは誰に?(松岡ひとみのシネマコレクション『フェイブルマンズ』 ゲストトーク 伊藤さとりさん))
松岡ひとみのシネマコレクション vol.35 『フェイブルマンズ』が3月12日ミ ...
-
32
-
親子とは。近いからこそ難しい(映画『The Son/息子)』
ヒュー・ジャックマンの新作は3月17日から日本公開される『The Son/息子』 ...
-
33
-
先の見えない日々を生きる中で寂しさ、孤独を感じる人々。やすらぎはどこにあるのか(映画『茶飲友達』外山文治監督インタビュー)
東京で公開された途端、3週間の間に上映館が42館にまで広がっている映画『茶飲友達 ...
-
34
-
映画『茶飲友達』名古屋 名演小劇場 公開記念舞台挨拶レポート
映画『茶飲友達』公開記念舞台挨拶が2月25日、名演小劇場で開催された。 外山文治 ...
-
35
-
第71回 CINEX映画塾 映画『銀平町シネマブルース』小出恵介さん、宇野祥平さんトークレポート
第71回CINEX映画塾『銀平町シネマブルース』が2月17日、岐阜CINEXで開 ...
-
36
-
名古屋シアターカフェ 映画『極道系Vチューバー達磨』舞台挨拶レポート
映画『極道系Vチューバー達磨』が名古屋清水口のシアターカフェで公開中だ。 映画『 ...
-
37
-
パク・チャヌク監督の新作は今までとは一味も二味も違う大人の恋慕を描く(映画『別れる決心』)
2月17日から公開の映画『別れる決心』はパク・チャヌク監督の新作だ。今までのイメ ...