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なかったことには出来ない。自分を取り戻すために。黒川の女性たちの長きたたかい 映画『黒川の女たち』松原文枝監督インタビュー

2018年、岐阜県白川町黒川。鎮守の森に碑文が建てられ、長年隠されてきた歴史が公に刻まれることとなった。

7月12日(土)から公開されるドキュメンタリー映画『黒川の女たち』は岐阜県から満州へ渡った黒川開拓団で、関東軍に見放された中、開拓団の人々が生き残るためにソ連軍の性接待に参加させられた女性達にスポットを当てる。被害者でありながら、帰国してからも差別と偏見の目でみられ、身も心も傷を負った女性たちが、手を取り合い、自身の体験を明かし、輝きを取り戻していく姿を捉える。

長年彼女たちを見つめ、話を聞き、映画化を実現させた松原文枝監督にお話を伺った。

Q.岐阜県にこういう方々がいたということを知らない方もいます。この東海地区で上映する意味が大いにありますね。

松原文枝監督(以後 松原監督)
「2017、18年頃には地元のメディアが取り上げていたので、多くの方が知ってらっしゃるのかなと思っていました。ニュースはどんどん上書きされていってしまうので、忘れられてしまうこともありますし、知らないことも多いです」

Q.元々はテレビのドキュメンタリーとして放映されたと伺いました。様々な変化が作品の中ではありますが、撮影のスタートから考えるとどれくらいの年月がかかっているのでしょうか。

松原監督
「2018年から2025年まで撮っていましたので、約7年間です。最初は映画にしようと思っていたわけではなく、テレビ放送するために撮っていました。黒川に碑文ができたのは2018年11月で、その後にいろんな方々を撮って、2019年の夏に放送しました」

松原文枝監督

松原文枝監督

Q.元々テレビのドキュメンタリーとしてスタートした企画を、監督は何を受け止めて映画にしようと思われたのでしょうか。

松原文枝監督
「この映画の中で、安江玲子さんという性暴力の被害にあった女性がいます。2019年にお話を伺った時は、話をするにあたっても、非常にこちらも神経を使いながら、1つ1つの言葉が、彼女の記憶をフラッシュバックさせたり、傷つけてはいけないと思って、かなり悩みながら聞いていたんです。ご本人も殻を三重ぐらいにまとっている感じで、この先、話を聞くのも難しいかなと思っていたんですが、4年後の2023年の10月にお会いした時には、とても大きな変化がありました。満州でソ連軍の性の相手に差し出された女性たちが、ずっとその事実をなかったことにされてきて、それがやっと表に出たわけです。彼女たちのことが社会に広まって、理解者もいたということで、その女性たちにも大きな変化が起きたということを目の当たりにした時に、これは何か形にしなくてはと思いました。テレビ放送自体は、満州で集団自決するか、あるいは性接待かという選択肢になった時に、女性たちをソ連軍に差し出して、敵であるソ連軍に守ってもらった。その中で、女性たちが性接待で性暴力に遭うんですが、日本に帰ってきたら被害者であるにも関わらず、守られるわけではなくて、その逆で、あろうことか差別されたり、貶められたり、蔑まれたりという、二重の苦しみを背負うわけです。

©テレビ朝日

©テレビ朝日

本来であれば社会に対してこんなことがあったということを言いたいのに性暴力にあった被害者である彼女たちが非常に貶められるという、社会の「ある意識」というものがあってなかなか言い出せない。あるいは、そういったことをやった開拓団自体の責任があるから、それを表に出さない。ずっとなかったことにされてきたことを、彼女たちが殻を突き破って、自分たちが公表することによって社会に知れ渡るということを成し遂げたわけです。それはただ単に知れ渡るよりも、戦後世代の人たちがきちんと彼女たちのことを受け止めて、その事実を認めて記録し、謝罪したということがあったので、それをまずテレビのドキュメンタリーとして放送しました。不都合な歴史をきちんと社会に記録として残していくことをしたことによって、女性たちにどんな変化があるんだろうと思っていたら、ひとりは人間性を取り戻し、別の人のところにはいろんな人が話を聞きに来たりするということが起きたので、それを形にして残したいなと思ったんです。犠牲者で証言された人、佐藤ハルエさんが亡くなられたのが、去年の1月でした。体調を崩されたと聞いて黒川開拓団の遺族会の会長達がお見舞いに行った時に、私も一緒に行ったんですが、彼らを待っていたかのように、佐藤ハルエさんは到着した10分後に亡くなられたんですね。だから、彼女は彼らを待っていたんだと思うんです。多分彼女は自分が社会に伝えたかったことを託したんだと思うんですが、そういうところに立ち会ったということもあって、彼女が成し遂げてきたものを何か形にして残さなくてはいけないという気持ちにさせられたというのがこの映画を作るきっかけでした」

Q.戦後80年のタイミングでの公開になりますね。

松原監督
「80年も経つと証言者も少なくなってきます。そういう中で、伝えなきゃいけないという佐藤ハルエさんの意思を感じる時期と重なりました」

Q.佐藤ハルエさんのお話に引き込まれます。

松原監督
「女性達は共同体の中で抑圧されて言えないわけですよね。黙らされるというか、沈黙せざるを得ない。そういう中で佐藤ハルエさんは、1980年代から実名で伝えてほしいということをいろんな媒体に言っていましたが、結局公表出来ていなかったんです。ですが、彼女は共同体の中の強者に怯えることなく、自分自身の言葉で語らなくてはと意思を持ってやってこられた方です。その強さや、なかなか人間は弱いからできないことなのにそれを成し遂げてきた人なんだということ、この人のその生き方というものに対して心を揺さぶられました。みんながハルエさんのところに話を聞きに行きました。私もその一人ですが、彼女たちがやったことを伝えなければと思わされてしまう本当にすごい女性なんです。多くのメディアで実際取り上げられて、いろんな大学、高校、中学校の先生がハルエさんを訪ねました。訪ねた先生方はこのことを授業にするんですよ。佐藤ハルエさんは決して「やってください」とか「書いてください」とは一言も言わないんですね。ただ、すごく真剣に向き合われるので、こちらが襟を正してやらねばと思わされる。そういう方です」

©テレビ朝日

©テレビ朝日

Q.センシティブな部分がたくさんあったと思いますが、映像としてまとめられる時に、本人たちとの接し方、あるいは映像にする過程で、気を遣った部分はありますか?

松原監督
「佐藤ハルエさんは、割と事実関係を淡々と話されていて、実名でいいし、顔も出していいということでした。ご自身の中で固い意思を持って、伝えようと思っていたと思います。事実関係だけはっきり話されて、感情的なこととか、実際何があったのかとか、そういうことはなかなかおっしゃらないんですね。例えば泣いたとか、辛いとか、死にたいとか。そういうことはお話を伺っている二回目まではあまり言わなかったんです。三回目に初めて怖かったということをおっしゃったんですが、多分それは自分自身を傷つけないために、あるラインを引いて、ここから先は言うけれども、そうじゃない部分は話さないと決められて話されたんだと思うんです。安江玲子さんは、家族にも言えず、東京にいるので相談する相手もいない。一人で悩み、考えなければいけないし、鬱々とした、相当きつい時間を何十年も生きてこられたので、話す時もかなり気を遣いました。また最後に顔を出される水野たづさんは、取材させていただくにあたって、ご家族のご理解を得ることが最初は難しかったんです。なぜこれを伝えなくちゃいけないのか、なぜ伝えようと思うのかということを自宅に足を運んでご説明させていただいて、家族の理解を得るところにかなり力を入れました」

Q.家族のお話が出ましたが、周りで支援する方の存在がすごく大事だったと思います。後援会長の藤井さんはどんな思いで後援会長をされていたのでしょうか。

松原監督
「藤井宏之さんは、女性たちを性接待に出した接待係二人のうちのお一人の息子さんで、彼は遺族会会長になるまではこのことをほとんど知りませんでした。遺族会会長になって、この黒川開拓団の遺族会をどう維持していくか、何をしなくてはいけないのかという中で、女性たちのことを詳しく知っていく。女性たちのところに足を運ぶということをやっていったんです。その中で女性の中に、彼女たちの気持ちを受け止める人がいて、その人が正確に詳しく遺族会の会長である藤井さんに説明をして、藤井さんはそれを受け止めたんです。自分のお父さんがそういう状況だったとしても、自身がそれについて、責任を持ち、向き合ったということです。その他の女性たちの家族にも、最初は冷たくあしらわれたりもしていました。特に、水野さんの息子さんにはなかなか宏之さんの考えを理解してもらうのは難しかったんです。でも何度か足を運んで説明することによって、対話をすることによって、人間関係を作っていって、理解してもらい、物事を進めていきました。彼が受け止めて、自分でその上の世代の起こしたことに対して、責務を担って、行動に移したことはとても大きなことだったと思います。聞いて、行動して、それを何度も繰り返すってそんなに簡単じゃないですよね。それを自然な行為としてやったところが本当に大きかったなと思います」

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Q.もう一人の藤井さんはむしろ隠さなければいけないと思われていました。藤井さんの訴えは我慢する、隠すという日本の歴史、社会を映している気がします。

松原監督
「藤井恒さんはずっと女性たちが事実を外に出すことに対して反対していた人です。彼の考え方は時代背景を背負っていますし、満州にも実際に行っていますからその辛さも分かるんです。彼は隠すことが彼女たちを守ることだと、良かれと思ってやっているわけですよね。それもわかりますが、時代も変わり、社会状況も変わっていますし、女性たちはどう考えているのかということを今は大事にしたいと思うので、なかなか意見は合わないんです。でも、なぜずっとなかったことにされてきたのかということの「ある意識」の考え方というのは、彼に凝縮されていると思います。彼の考え方は日本に昔からある共通の考え方だと思うんです。公表することで、被害者を差別したり、貶めたり、蔑んだり、卑しめたりということが起きる社会の意識のあり方を変えなければいけないんです。被害者達が外に出て、事実がわかってしまうと、親族が嫌な思いをしたり、離婚されたりするかもしれない。そういうことを考えるのもわかるので、公表することを反対することを否定するわけではないですが、本来は社会の有り様の問題で、それを変える必要があると考えます」

Q.世界では戦争がいくつかの場所で起こっています。この作品はどんな方たちに観ていただきたいと思われますか。

松原監督
「女性にも男性にも観てほしいんです。この作品を観てくださった男性の方と話すと、「あのギリギリの状況で、性接待か集団自決かどっちを選ぶ?」と言うんですよ。いやいや、そこに至るもっと手前のところで出来ることがありますよねと。もっと早く引き上げさせるとか、疎開させるとか、政治判断がすごく大事ですよねと。戦争が起きたこともそうですし、常に政治判断で物事が動いていたから、引き上げをさせなかったわけです。そういうことから考えることが大事です。これは男性、女性関係なく、究極のところでどっちの選択を考えることではないんです。また性暴力の話ではありますが、若い人、中学生、高校生にも観てほしいと思います。歴史に対して向き合うということは大事なことなので、早い段階から知ってもらった方がいいなと思います。この出来事を戦争全体の流れの一つとして見ていただきたいです。

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映画『黒川の女たち』https://www.kurokawa-onnatachi.jp/ は7月12日(土)よりユーロスペース、新宿ピカデリー他で全国順次公開。

東海三県では7月12日(土)よりイオンシネマ(岡崎、各務原、土岐、東員)、7月26日(土)よりナゴヤキネマ・ノイ、8月16日(土)よりCINEX、8月22日(金)よりシネックス・マーゴで公開。

全劇場UDキャスト対応。字幕上映スケジュールは順次公式サイトの劇場情報に掲載予定。

 

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