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彼女を外に連れ出したい。そう思いました(映画『658km、陽子の旅』 熊切和嘉監督インタビュー)

2023/07/28

42才、東京で一人暮らし。青森県出身の陽子はいとこから24年も関係を断絶していた父の死を知らされる。地元の青森での葬儀は翌日。いとこ家族と車で向かい始めるが、アクシデントがあり、陽子はサービスエリアに取り残される。所持金は数千円。陽子は弘前に行くことを逡巡しながらヒッチハイクという手段で青森を目指す。

その姿を描いた7月28日から公開の映画『658km、陽子の旅』。

映画『#マンホール』の公開が記憶に新しい熊切和嘉監督のロードムービーだ。映画撮影についてお話を伺った。

Q.TSUTAYA CREATORS′ PROGRAMで選出された脚本だとあとから知って意外だなと思いました。初のロードムービーになりますが、脚本と監督の出会いを教えてください。

熊切和嘉監督(以下 熊切監督)
「今回の制作プロダクションはオフィス・シロウズなんですが、オフィス・シロウズに僕の『アンテナ』、『フリージア』のプロデューサーで恩人でもある松田広子プロデューサーがいらっしゃいまして。その松田さんから「熊切さんも好きそうなヒロイン像。こういう女性だったら撮りたいと思うんじゃないか」と言って脚本を渡されまして。元々ロードムービーはやってみたかったんです。僕はキラキラした女性はあまり撮れないと思うんですが、あれだけちょっと不器用で、ある種日陰者といいますか、陽の当たらない人だと、逆にすごく興味が湧いて、彼女を外に連れ出すような映画はすごくやる意味があると思いました。僕も地方から出て来て映画監督をやっていますが、彼女の人生は自分にもありえた人生だと思ったんです。他人事とは思えないです」

Q.もらった当初の脚本のままなのでしょうか。

熊切監督
「大きな流れはその通りなんですが、実は元の脚本だと父親が事故で危篤状態になって、それで急いで帰るんです。でもお金がなくてヒッチハイクしなければならないという設定で。でも、父が危篤状態だとヒッチハイクしている場合じゃない気がして。それはもう何としてでも、お金を借りてでも新幹線に乗って帰りますよ。そこを20年以上関係が断絶した中で父親が亡くなったと聞いて、それで帰ることになる設定ならどうだろうかと考えて構成し直していきました。そうするとヒッチハイクはやむなくやるんですが、どこかで陽子自身も、帰りたいような、帰りたくないようなという気持ちで揺れ動いている感じになり、すごくよかったんです。女性を描くときに僕と室井孝介さんだけだとおじさんが描く女性像になって悲劇のヒロインっぽくなってしまうので妻の力を借りてどこかふてぶてしさもあって、滑稽さもあって、なおかつちょっとたくましさも出てくるようなそういう女性像に作り変えていきました。妻は浪子想という名前で脚本を担当しています」

Q.確かに冒頭のイカスミスパゲッティの食べ方とか、夜のパーキングエリアのトイレでのたくましさは共感できます。

熊切監督
「映画を観た女性がみんなそう言います(笑)」

熊切和嘉監督

熊切和嘉監督

Q.父親が亡くなったという設定、しかもそれで24年会ってないから24年前のままの父親像が陽子の中にあるんですね。これも最初はなかった設定ですか。

熊切監督
「はい。残酷ですが、父の死を実感していくにつれて幻が老いていく。映画的にはできる気がしました」

Q.オダギリさんとは初めてお仕事されますか?熊切監督の作品に前から出ていたようななじみ感がありました。今回の役は初めからオダギリさんをイメージされていたのでしょうか。

熊切監督
「前から出ていた印象があるとよく言われますが、オダギリさんとは初めてです。最初から不思議とオダギリさんのイメージでした。菊地凛子さんの父親役ということで、美しい方にやって欲しかったんです。何となく僕の中では父親は若い頃は弘前のジェームス・ディーンと呼ばれていたイメージで。そういう儚さもあり、ちょっと飄々とした感じで幻が現れて陽子の話を聞いてるのか聞いていないのかニヤニヤしながらたばこを吸っている。完全にオダギリさんのイメージでした。存在感が素晴らしかったですね」

Q.今回は何日間撮影されましたか?陽子の足取りの順で撮影されたのでしょうか。

熊切監督
「2週間ぐらいで撮影しています。大きな流れは、感情の流れに合わせて順撮りなんですが、前半のあの車のシーンは実はスタジオでまとめて撮影しています。昔のスクリーンプロセスみたいな感じで、車の周りにLEDパネルで車窓の風景を出して撮影します。その車窓風景はもちろん事前に撮影しています。後半の心情を吐露する場面は撮影の後半に撮影したかったので、実際に岩手県の道で車を走らせながら撮影しています」

Q.全然スタジオで撮っているという感じはなかったですね。

熊切監督
「あれは雑にやるとスタジオっぽくなってしまいますが、撮影の小林拓くんを中心に技術部この映画で合成感が出たら失敗だとわかってくれていたので、徹底的に研究してスタジオだからといって極力変なアングルでは撮らずにカメラを車に据えて、張り出しでつけたりして、まるで実際に走らせているかのように撮影しました。でも、ここだというキメのショットだけは、実走では絶対に撮れないカメラワークでも撮影しています。もし順撮りで現地で全部撮影していたら2週間では撮れないです」

Q.撮影場所はどのように決められたのでしょうか。

熊切監督
「脚本を直す前に、シナリオハンティングに行きました。そのときに普通はシナハンには来ないですが、カメラマンの小林くんにも来てもらって。シナハンのつもりがいつの間にかロケハンにもなっている状態で、ポスタービジュアルになっている福島の相馬の海もその時に地図で見つけて、見に行ってみようかと。実際に見たら波の荒々しさが圧倒的だったので、撮影場所に決めました」

Q.東北に向かっていく途中で震災の話も出てきますがこれも脚本にあったのでしょうか。

熊切監督
「元の脚本にはなかったですが、福島は通過していたんです。福島を通っていてそこを避けるのは、逆に変な気がしたのと、陽子の目を通して今の日本を見せたいというもう一つの狙いがありました。陽子が一度決壊して再生に向かっていく場所として、この相馬の海がふさわしいと思って入れました」

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Q.菊地さんとはかなり久しぶりに一緒に仕事をされたんですね。陽子のイメージも菊地さんが浮かんだのでしょうか。

熊切監督
「はい。僕の商業映画デビュー作(『空の穴』(2001年))以来です。菊地さんが『バベル』で世界的な俳優になって嬉しかった反面、どこかに僕は菊地さんの日本での代表作を先に撮れなかった悔いがしこりのようにありました。いつかチャンスがあれば撮りたいと思っていて。ただ菊地さんがすごく遠い存在になっていて、普通に『パシフィック・リム』とかも「昔、よく知っていたんだよ」みたいな感じで観に行っていました(笑)。今回、年齢的な設定としてもぴったりで、このキャラクターを湿っぽくなり過ぎずに演じられるのは菊池さんなんじゃないかとぼんやりと思っていました。ただ割と低予算の映画だったので、ハリウッド映画に出ている方ですから断られたら本当にショックだなと思って、最初は言えなかったんですが、プロデューサーの松田さんに言ったら、松田さんも実は菊地さんを思いついていたそうで、聞くだけ聞いてみましょうかみたいな感じでお話したところ、菊地さんからぜひやりたいと言っていただけました」

Q.撮影に入る前に菊地さんとは役について何かお話はされましたか?

熊切監督
「もちろん話しました。ただ陽子の映画では描かれていない背景の部分をノートを作って事前に渡していまして、それに対する質問の受け答えをしましたが、衣装合わせの時と撮影のお祓いをした時に話したぐらいです。あとは現場です」

Q.熊切監督作品におなじみの竹原ピストルさん。今回は陽子のいとこの役ですね。

熊切監督
「僕の中で竹原ピストルは一番好きな男なんです。陽子を外へ連れ出す男は竹原くんにやってほしいなと思っていて。今回もよかったですね」

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Q.見上愛さんや仁科紗和さんというこれからが期待される若手役者陣を起用されていますね。

熊切監督
「僕はあまり若い俳優を知らなくて、これはプロデューサーの松田さん一押しの2人です。芝居も2人とも良かったです。仁村さんとは当時コロナ禍だったので、事前にオンラインの映像オーディションで芝居を見させてもらいました」

Q.黒沢あすかさんがヒッチハイクで陽子を最初に乗せてくれますが。最初の人に選んだ理由は?

熊切監督
「黒沢さんは僕が前から大好きだったのでオファーしました。最初に車に乗せてくれる人なので、どっちに転ぶか、もしかしたらすごい怖い人にも見えるし、そのスリリングさで最初は行きたくて、黒沢さんはそういう意味ではばっちりだったです」

Q.風吹ジュンさんと吉澤健さんの夫婦も陽子に大きく影響を与えています。夫婦のやりとりがとてもいいです。

熊切監督
「風吹さんとはお仕事するのは2回目です。風吹さんにやってほしくてオファーしました。吉澤さんは僕は若松孝二監督の映画が大好きなんですが、吉澤さんがよく出演されていて。実はすごく憧れの人で、何度かオファーしたことはあったんですが叶わずで、今回やっと実現しました」

Q.陽子が実家を離れて24年、監督が菊池さんと出会ってから23年。陽子はあっという間だったと話していますが、監督の20年はどんな感じでしたか?

熊切監督
「僕も本当にあまりにあまりにあっという間でした。1年がどんどん早くなっていきます。1歳は1/1だったのが、今は1/48ですから、体感としてはどんどん狭くなっていっています。しかも映画を撮っていると夢中になってあっという間に何年も過ぎてしまいます。この映画も2020年ぐらいにお話をいただいて、まだキャスティングをする前に、まずシナリオを直すにあたって、シナリオハンティングで1回東北に行こうかという矢先にコロナが始まって1年延びました。それで、ちょっとだけコロナが小康状態のときに再開しようということで、そこからキャスティングが始まりました。これを撮るまでは3、4年撮影は出来なかったです。もう映画が撮れなくなるのではないかと思ったくらいでした。だから自分の中では再出発になった作品です。すごく清らかな気持ちで映画を撮りました」

Q.これを撮影してから『#マンホール』の撮影でしたか?

熊切監督
「そうです。あまりにも真逆の作品ですが、これを撮って、編集して、最後のエンドロールを作る前に先に『#マンホール』の撮影スケジュールが入っていたのでそちらを撮影して、撮り終わった後にこの映画のエンドロールの音楽が出来上がって、やっと完成しました」

陽子の姿に自身を重ねた。時は確実に刻まれ、進んでいく。後悔も沢山ある。だが無駄な時間は1秒たりともなかったと信じている。

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映画『658km、陽子の旅』 https://culture-pub.jp/yokotabi.movie/ は7月28日(金)よりユーロスペース、テアトル新宿他で全国順次公開。東海3県では7月28日(金)よりセンチュリーシネマ、ユナイテッド・シネマ豊橋18、ミッドランドシネマ名古屋空港、9月1日(金)より 伊勢進富座、9月16日(土)より岐阜CINEXで公開。

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