EntaMirage! Entertainment Movie
パク・チャヌク監督の新作は今までとは一味も二味も違う大人の恋慕を描く(映画『別れる決心』)
2月17日から公開の映画『別れる決心』はパク・チャヌク監督の新作だ。今までのイメージを覆しながら、やはり鬼才パク・チャヌク監督だと納得させてくれる。
刑事チャン・ヘジュンはとにかく有能で、不眠症ということもあり、深夜勤務まで平気でこなす仕事人間だ。刑事としての勘も持っている。ある日、岩山の頂からキ・ドスが転落し、死亡する事件を捜査する。ドスの若き妻ソン・ソレは中国出身で韓国語が苦手。彼女は夫が死んだというのに驚く様子もない。ヘジュンは不審に思うが、介護人をしている彼女にはその時間のアリバイがあった。ソレのことが気になるヘジュンは監視を開始。ソレの生活を覗き見し、取調室で事件について語り合う中でヘジュンはソレに対して、捜査という執着だけでは片付けられない感情を抱くようになり、ソレもその想いに気づきはじめる。やがて事件は解決の糸口が見つかり、捜査は終了するのだが……。

なんと官能的な作品なのだろう。サスペンスというだけではない。ロマンス要素を加えたこの作品は主役の2人は共に40代。大人のための恋愛映画だ。恋愛というより「恋慕」の方があっているだろうか。
パク・チャヌク監督と言えば『オールド・ボーイ』、『渇き』、『お嬢さん』などの作品にある激しい暴力と性描写のイメージがある。しかし、『別れる決心』にはそれがない。ヘジュンとソレについて言えば全くと言えるほどだ。このままベッドシーンへ行こうと思えばいけると思えるところでも今回はいかない。肩透かしを喰らった感覚で観ていくといつの間にか2人の関係がどうなるのか気になって仕方ない自分がいる。新しいパク・チャヌク監督の演出に魅了されているのだ。出会った直後からお互いを意識し、実際の距離は離れていても、心の距離はどんどん近くなる2人(このあたりの演出もにくい演出がされている)。2人は次第に刑事と被疑者という立場を超えた関係になっていく。ヘジュンとソレが一緒にいるシーンのカット割りは2人の視線にそったものも多く、艶めかしい。取調室での会話、タバコを吸うソレ、そしてそれを見るヘジュンの視線、ハンドクリームを塗ってあげる手つき。お互いの気持ちを知りたいと探り合いながら決してわかるようには「愛している」という言葉は口に出さない。その姿がもどかしくもあり、言わないからこそ冷めることなく2人を繋ぎ、呪縛する。これも強い愛の形だろう。
ヘジュンには仕事の都合で休日にしか会えない妻がいる。妻とは体の相性がよく、夫婦関係も良好に見えるのだが、その関係性がヘジュンとソレの関係性をより深く、かけがえのないものへと変貌させていく。体を重ねていないソレにヘジュンは心の癒やしを得る。まさにヘジュンにとってソレはファム・ファタール=運命の女。自身の弱さも見せられてしまう。ソレにとってもヘジュンは運命の男。生きるために強いものに従っていたソレがやっと出会えた憧れの誠実な男であり、自分を追い続けてくれる刑事なのだ。

事件の被疑者として出会ったヘジュンにはっきりものを言い、アプローチするソレには『ラスト、コーション』の国際派女優タン・ウェイ。パク・チャヌク監督は脚本が固まる前に彼女にオファーしたという。彼女が話す中国語を翻訳するスマートウオッチやスマートフォンを使った展開はもしかしたら彼女がいたからこそ生まれたのかもしれない。
ソレに出会い、翻弄されていく刑事ヘジュンには『殺人の追憶』、『グエムル-漢江の怪物-』のパク・ヘイル。演技キャリアは長いが刑事役は今回が初めてになる。ヘジュンがソレと出会うことで変化していく姿を見事に演じている。ソレの前でしか見せない表情に引き込まれる。
第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門では監督賞を受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞部門の韓国代表に選出された。韓国では公開後に発売された脚本集がベストセラーになり、劇中のセリフがネットで大流行。BTSのメンバーRMが繰り返し鑑賞したことをSNSで報告するなど、本作にハマる人々が続出したという。さて、日本ではどんな反応をもたらすのだろうか。

劇中流れる「霧」という曲をしばらく忘れられそうにない。
真実を追えば追うほど霧の中を彷徨い、愛するが故に行動した先に何があるのか。相手への想いと疑惑が渦巻く愛の迷路の結末は是非劇場で観ていただきたい。
映画『別れる決心』
https://happinet-phantom.com/wakare-movie/ は2月17日 (金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。
東海3県ではセンチュリーシネマ、109シネマズ(名古屋、明和)、TOHOシネマズ(木曽川、赤池、東浦、津島、岐阜、モレラ岐阜)、コロナシネマワールド(中川、安城、小牧、豊川、大垣)、ミッドランドスクエアシネマ、
イオンシネマ名古屋茶屋、ミッドランドシネマ名古屋空港、ユナイテッド・シネマ(豊橋18、岡崎、稲沢、阿久比)で公開
おすすめの記事はこれ!
-
1 -
運命さえも覆せ!魂が震える慟哭のヒューマン・ミステリー(映画『盤上の向日葵』)
『孤狼の血』などで知られる人気作家・柚月裕子の小説『盤上の向日葵』が映画化。坂口 ...
-
2 -
本から始まるストーリーは無限大に広がる(映画『本を綴る』篠原哲雄監督×千勝一凜プロデューサー インタビュー&舞台挨拶レポート)
映画『本を綴る』が10月25日から名古屋シネマスコーレで公開されている。 映画『 ...
-
3 -
いつでも直球勝負。『おいしい給食』はエンターテイメント!(映画『おいしい給食 炎の修学旅行』市原隼人さん、綾部真弥監督インタビュー)
ドラマ3シーズン、映画3作品と続く人気シリーズ『おいしい給食』の続編が映画で10 ...
-
4 -
もう一人の天才・葛飾応為が北斎と共に生きた人生(映画『おーい、応為』)
世界的な浮世絵師・葛飾北斎と生涯を共にし、右腕として活躍したもう一人の天才絵師が ...
-
5 -
黄金の輝きは、ここから始まる─冴島大河、若き日の物語(映画 劇場版『牙狼<GARO> TAIGA』)
10月17日(金)より新宿バルト9他で全国公開される劇場版『牙狼<GARO> T ...
-
6 -
「空っぽ」から始まる希望の物語-映画『アフター・ザ・クエイク』井上剛監督インタビュー
村上春樹の傑作短編連作「神の子どもたちはみな踊る」を原作に、新たな解釈とオリジナ ...
-
7 -
名古屋発、世界を侵食する「新世代Jホラー」 いよいよ地元で公開 — 映画『NEW RELIGION』KEISHI KONDO監督、瀬戸かほさんインタビュー
KEISHI KONDO監督の長編デビュー作にして、世界中の映画祭を席巻した話題 ...
-
8 -
明日はもしかしたら自分かも?無実の罪で追われることになったら(映画『俺ではない炎上』)
SNSの匿名性と情報拡散の恐ろしさをテーマにしたノンストップ炎上エンターテイメン ...
-
9 -
映画『風のマジム』名古屋ミッドランドスクエアシネマ舞台挨拶レポート
映画『風のマジム』公開記念舞台挨拶が9月14日(日)名古屋ミッドランドスクエアシ ...
-
10 -
あなたはこの世界観をどう受け止める?新時代のJホラー『NEW RELIGION』ミッドランドスクエアシネマで公開決定!
世界20以上の国際映画祭に招待され、注目されている映画監督Keishi Kond ...
-
11 -
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』の呉美保監督が黄金タッグで描く今の子どもたち(映画『ふつうの子ども』)
昨年『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が国内外の映画祭で評価された呉美保監督の新作 ...
-
12 -
映画『僕の中に咲く花火』清水友翔監督、安部伊織さん、葵うたのさんインタビュー
Japan Film Festival Los Angeles2022にて20歳 ...
-
13 -
映画『僕の中に咲く花火』岐阜CINEX 舞台挨拶レポート
映画『僕の中に咲く花火』の公開記念舞台挨拶が8月23日岐阜市柳ケ瀬の映画館CIN ...
-
14 -
23歳の清水友翔監督の故郷で撮影したひと夏の静かに激しい青春物語(映画『僕の中に咲く花火』)
20歳で脚本・監督した映画『The Soloist』がロサンゼルスのJapan ...
-
15 -
岐阜出身髙橋監督の作品をシアターカフェで一挙上映!「髙橋栄一ノ世界 in シアターカフェ」開催
長編映画『ホゾを咬む』において自身の独自の視点で「愛すること」を描いた岐阜県出身 ...
-
16 -
観てくれたっていいじゃない! 第12回MKE映画祭レポート
第12回MKE映画祭が6月28日岐阜県図書館多目的ホールで開催された。 今回は1 ...