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映画『愛に乱暴』森ガキ侑大監督インタビュー

2024/08/28

『悪人』『さよなら渓谷』『怒り』など数多くのベストセラー作品を生んでいる小説家・吉田修一。彼の作品は様々な映画監督によって映画化されてきた。今年、新たに『愛に乱暴』が森ガキ侑大監督の手で映画化される。主演は映画や舞台、ドラマに途切れることなく出演し、2024年は『あまろっく』、『お母さんが一緒』と主演作が立て続けに公開されている俳優・江口のりこ。幅の広い演技が魅力だが、本作では不穏な出来事により居場所を奪われ、壊れていく主婦・桃子を演じている。

桃子は夫の実家の敷地内に建つ“はなれ”で暮らしている。夫の真守とは結婚して8年になるが、二人の間に子供はいない。同じ敷地に住む義母から受ける微量のストレスや夫の無関心を振り払うように、センスのある装い、手の込んだ献立などいわゆる「丁寧な暮らし」に勤しみ毎日を充実させていた。そんな桃子の周辺で不穏な出来事が起こり始める。近隣のゴミ捨て場で相次ぐ不審火、愛猫の失踪、不気味な不倫アカウント……。桃子の平穏だったはずの日常は少しずつ乱れ始める。

森ガキ侑大監督が来名。広告ディレクターを経て映画監督になった森ガキ監督にご自身について、今回の制作過程についてお話を伺った。

映画監督、こんな素敵な職業はない

Q.映像の道に進みたいと思ったのはいつ頃ですか。

森ガキ侑大監督(以後 森ガキ監督)
「映像の道に進みたいと思ったのは高校生の時です。 中学、高校とずっと陸上をやっていました。一応県では1番、2番の成績だったんですよ。僕は広島出身で、広島県だと400メートルハードルのメダリストの為末大さんが100メートル、200メートル、その他いろんな種目で全部記録を持っていらっしゃるんです。僕がやっていた種目とは違ったんですが、為末さんの記録ほど行かないと陸上であそこまでの活躍はできないんだなと、だんだん限界が見えてきて。高校で陸上をやめて、何も目標がなくなって空っぽだった時に家と学校の間にあったレンタルビデオ屋さんで、レンタルビデオを片っ端から借りて観ました。映画『ショーシャンクの空に』を観た時に涙を流して。映画は人を救えたり、こうやって苦しんでいる時に目標に向かって明日から頑張ろうと思わせるようなことができるんだと。こんな素敵な職業はない。漠然と映画監督になりたいと思い始めました。でも、すぐには親に言えませんでした(笑)」

Q.それは親に言うと反対されると思われたからですか。

森ガキ監督
「映画監督になると打ち明けるのが恥ずかしかったですね。「あんたが映画監督?」と言われたらどうしようと黙っていましたが、地元の大学に行きながら写真を撮ったり、自分で勉強を始めました。密かに虎視眈々と自分で準備していた感じです」

Q.準備というとどんなことをされていたのでしょうか。当時だとまだインターネットもここまで普及していないですよね。

森ガキ監督
「20歳ぐらいの時に当時で4、50万ぐらいするすごい高額な編集ソフトを借金して買いました。パソコンとカメラも買って、自分で脚本、編集も担当して自主映画を撮っていました。ぴあフィルムフェスティバル(PFF)にも応募していましたが、全く入選もしなくて、自分には向いていないのかなと思っていた大学3年の時にNHK広島がドキュメンタリーを撮る企画に参加することになりまして」

Q.それはどんなドキュメンタリーだったんですか?

森ガキ監督
「現在は広島カープの本拠地として知られているZoom-Zoomスタジアム広島という新しいスタジアムを建てる時に立ち退き問題がありました。ドキュメンタリーは立ち退く側、立ち退かない側それぞれの人たちの目線で撮ったものです。この作品が何も賞を取らなかったらもう映像業界へ行くのを諦めますと親には言っていました。そこにドキュメンタリー監督の森達也さんがゲスト審査員でいらしていて、森達也賞みたいなものをもらいました。そこから親も「NHKの賞を獲るなんて、ちょっと才能あるのかな」と応援してくれるようになりました。でも映画監督になる方法は明確ではないですよね。映画会社にも募集があまりないですし。あってもプロデューサーしかないので、応募したとしてもこれは難しいなと。「映画監督になるには」という本を買って読んだら、現場から入るとかいろんなルートがあるんだなと気づいて。広告業界から映画業界に行くというのが一番生計も立つし、いいのかなと思ったんです」

Q.広告業界に進んでからは順調でしたか。

森ガキ監督
「映画を撮るために広告業界に進みましたが、現実はそんなに甘くありませんでした。広告の監督になることもとても大変でした。だから途中で映画監督になることを1回まず捨てて、広告の監督にどうやったらなれるかを一生懸命勉強して、広告の監督になり、経験を積んだ上で、映画監督の道が開けてきた感じです」

©2013 吉田修一/新潮社  ©2024 「愛に乱暴」製作委員会

©2013 吉田修一/新潮社  ©2024 「愛に乱暴」製作委員会

カバンの中にいつも本が入っている

Q.小説は普段から読んでいるのですか。

森ガキ監督
「たくさん読みます。大好きです。カバンの中にいつも小説が6冊7冊入っています。忙しくて読めなくても本屋に行って、装丁買いではないですが、これ面白そうだなと思ったものを何冊か買ってカバンに入れるので、まだ眠っている本もあります(笑)。ただカバンに入れてあればいつでも読めますから。それぐらい好きです」

Q.小さな頃から本は読まれていたんですか。

森ガキ監督
「小さい時は読書が正直言うと苦手でした。好きになったのは父親のおかげです。大学が決まった時に「就職したら本を読む時間なんかなくなるぞ。毎日サラリーマンは忙しいから、今しか本を読む時間はない。俺が読んでほしい本をお前が代わりに読んで、感想を教えてくれ」と言われまして。感想文を書いたらお小遣いを貰えたんですよ(笑)。そこから活字を読むって面白いな、本って面白いなと本を読む習慣がついていきました」

Q.『愛に乱暴』も自分で買って読んだ作品なんですか?

森ガキ監督
「吉田修一先生の作品はすごく好きで、「国宝」とか「悪人」とかもまとめて買って読んでいます。『愛に乱暴』はいつか映画化したいとは思ったんですが、読んだ時はまだ映画監督ではなかったので、いつかこれを誰かが映画化してくれたら面白いだろうなと思っていました。映画監督デビューをした後もまだ自分のキャリアだと吉田先生の映画は撮れないと思ったので、映画監督としての経験を積んでからお願いにいこうと考えていました」

イメージ通りの家で緊張感あるフィルム撮影

Q.『おじいちゃん、死んじゃったって。』で、2017年に映画監督デビューされましたが、吉田修一さんに許可をいただけたのはいつ頃ですか?

森ガキ監督
「3年前です。そこから脚本作りに2年かかりました」

Q.脚本を作る途中で吉田修一さんに確認されたりしましたか?

森ガキ監督
「そうです。読んでワンポイントアドバイスをいただいたり、背中を押してくださったり。何度も書き換えていったんですが、吉田先生からのアドバイスのおかげで、こういう方向にしよう、ああいう方向にしようというのがどんどん決まっていきました。最終的に吉田先生に言われたのは「原作よりもすごく骨太な、いい脚本になりましたね」と。吉田先生は多くの作品の映画化を経験してらっしゃるので、小説を映画にする難しさを一番理解していらっしゃるんです。だから常に「森ガキさんが描きたい『愛に乱暴』をまずは自由に考えてみてください」とおっしゃって頂きました」

Q.キャスティングについて、お伺いします。桃子役を江口さんにオファーした理由を教えてください。

森ガキ監督
「今回の桃子という役はシリアスとユーモラスの両方をバランスよくお芝居できる人がいいと思いました。そうなると江口さんしかいないなと。それとヨーロッパの香りがする映画を作りたかったんです。江口さんは手足が長くて、立っているだけで存在感があるので全身を映すととても綺麗なんです。『愛に乱暴』を江口さんで撮ったらすごく面白い映画になるとプロデューサーの横山さんに話したら大賛成してくれまして、一緒に江口さんを口説きに行きました。江口さんとは元々CM、ドラマでご一緒していたこともあり、「森ガキさんが監督で、吉田修一さんの原作ならぜひやってみたい」と即答でオファーを受けてくださったので、ホッとしました」

Q.桃子に無関心な夫の役に小泉孝太郎さんというキャスティングは本当に意外でした。一番この役のイメージに遠いところにいらっしゃる方かなと。

森ガキ監督
「プロデューサーの横山さんと江口さんの夫役のキャスティングは難しいなと話をしていた時に、「ギャップがある人の方向はどうか。普段ニコニコしていて、爽やかな人があの不気味な役をやったらものすごく怖いですよね」と言われたんです。ギャップがあるとなると誰だろうと。何日か考えた時に、小泉孝太郎さんが浮かんで。確かに面白くなるぞと思って、すぐオファーしました。小泉さんからは「待っていました。こういう役やりたかったんです」とお返事がありまして。そこからかなり役について話し合いました。前髪の長さにもこだわりました。説明ゼリフを削ぎ落として、演出でも余分な動きをなくしていきました」

©2013 吉田修一/新潮社  ©2024 「愛に乱暴」製作委員会

©2013 吉田修一/新潮社  ©2024 「愛に乱暴」製作委員会

Q.守ってきた大切なポジションを奪われる桃子の姿から何かがガラガラと音を立てて崩れていくような焦燥感が感じられました。

森ガキ監督
「不倫は装置として描いているだけで、 映画の本質的なところで何を伝えたいか、訴えたいか考えました。資本主義なので当たり前ですが、今はみんな効率化を求めすぎているような気がします。生産性をあげる、少子化対策だとか色々言われているじゃないですか。では我々みんなは国の生産性を上げるために生まれてきたのか、生きているのか。そうではなくて景色や色が移り変わったらすごく綺麗だなとか、この映画がいい、このご飯が美味しいとかそういう喜びを得るために生まれてきたんじゃないですか。それは余白がないとできないことなんですが、余白から文化や芸術が生まれて、そこから相乗効果で産業が生まれて、アイデアが生まれる。余白こそ一番の経済効果だと僕は思うんです。無駄なものを省こうとする今の風潮は良くないです。余白がない社会では人の居場所や温かさもなくなっていくと思っています。そんな部分も映画では描きました」

Q.今回フィルムで撮影したのはなぜですか?

森ガキ監督
「吉田先生の『愛に乱暴』を読んでいた時に、床下に入ったり、その土の匂いだったり、泥臭さだったり、 夫婦の絶妙な空気感だったり、臭いが出てくる映画にしたいと考えました。フィルムはデジタルと違ってその質感を映し出してくれます。だから今回はどうしてもフィルムで行きたかったんですが、予算のこともあり、最後の最後までフィルムで行けるかどうかわかりませんでした。ギリギリでプロデフューサーから「このフィート数内で撮ってください。そのフィート数を超えると、監督の自腹になります」と。そのフィート数を超えたら責任は取るということで、フィルムで撮れることになりました。ちなみに、その決まったフィート数で収まりました(笑)」

Q.役者さんたちのNGもなかったんですね。

森ガキ監督
「NGを出さないように何度もリハーサルしてから本番を撮りました。役者さんも何回もテイクを重ねられないので、緊張感が生まれてすごくよかったです」

Q.フィルムだからという理由だけではなく、やり直しが効かないと思うようなシーンが他にもいっぱいありますね。チェーンソーを使うシーンもそうですね。

森ガキ監督
「チェーンソーを使うシーンは確かにそうですね」

Q.桃子が住む家は、床下に入ったり、チェーンソーで削られたりしていますが、実際にどこかにあるものだったのか、セットだったのかどちらですか

森ガキ監督
「離れのある家を探しました。一番大変だったのは、僕の持っていたイメージが細かかったことです。離れと母屋はL字型に配置されていて、母屋は2階建て、離れは平屋になっていてなおかつ床下を掘ったり自由にできるところをイメージしていました。そういう家があっても床下がコンクリートだったら違うんです。そんな条件を僕が言ったら、プロデューサーも制作部もメインロケ地の綾瀬市の人たちも、みんな協力してくれていたんですが、そんな家あるわけない、何を無茶ぶり言ってるんだとぽかんとしていて(笑)。でもそういう家が1個だけ見つかったんです。あとは床下が土かどうか。確認しに行って、土だった瞬間にみんなでハイタッチしました。正直これはほんとに奇跡だなと思いました」

森ガキ侑大監督

森ガキ侑大監督

桃子の後ろから捉え続けるカメラワークが、映画を観る人自身が桃子の経験を体験できるようなそんな緊張感あふれたヒューマンサスペンスの傑作。
次第に明らかになる事実とその先にある結末はぜひ映画館で観てほしい。

映画『愛に乱暴』https://www.ainiranbou.com/ は8月30日(金)より全国公開。

出演:江口のりこ
小泉孝太郎 馬場ふみか
水間ロン 青木柚 斉藤陽一郎 梅沢昌代 西本竜樹 堀井新太 岩瀬亮/風吹ジュン
原作:吉田修一『愛に乱暴』(新潮文庫刊)
監督・脚本:森ガキ侑大
脚本:山﨑佐保子/鈴木史子 音楽:岩代太郎
配給:東京テアトル 2024/日本/スタンダード/カラー/105分/5.1ch

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