
隣人はどんな人?(映画『ミセス・ノイズィ』)
集合住宅に住めば必ずいる隣人。
隣人との良好な関係を保つのも、生活をする上で大切なことだ。
筆者も長年、同じアパートに住んでいるが、首をかしげながら下の住人となんとか良好な関係を保った経験がある。
12月4日公開の『ミセス・ノイズィ』は
小説家の主婦を主人公に現代の隣人トラブルを描いた作品。第32回東京国際映画祭・スプラッシュ部門のワールドプレミアでは大反響を呼び、劇場公開が熱望された衝撃の問題作が、いよいよ全国公開される。
あらすじ
小説家であり、母親でもある吉岡真紀。スランプ中の彼女の前に、ある日突如立ちはだかったのは、引っ越し先の隣の住人・若田美和子による、けたたましい騒音、そして嫌がらせの数々だった。
それは日に日に激しくなり、真紀のストレスは溜まる一方。執筆は一向に進まず、おかげで家族ともギクシャクし、心の平穏が奪われていく。そんな日々が続く中、真紀は、美和子を小説のネタに書くことで反撃に出る。だがそれが予想外の事態を巻き起こすことに。
2人のケンカは日増しに激しくなり、家族や世間を巻き込んでやがてマスコミを騒がす大事件へと発展。果たして、この不条理なバトルに決着はつくのか?!
天野監督の新たな視点は隣の人との争い
『うるう年の彼女』から6年。自身も結婚し、母親となった天野監督が描いたのは日常の中で起こる小さな争い。昔なら近所だけの騒動で終わったものがメディアの広がりによって日本中に広がり、思わぬ事態に発展する。
映画は序盤作品作りに行き詰まった真紀の視点で描かれる。スランプを脱出しようと躍起になるあまり、引っ越しの片づけも二の次にして小説を書き続ける真紀。そんなときに隣人からの迷惑行為。早朝から布団叩きをする、娘を勝手に連れ回す。迷惑な隣人へのイライラが募り、ベランダ越しでの文句の言い合いは売り言葉に買い言葉。周りが見れば笑ってしまうほどエスカレートする。
真正面から対峙してぶつかる二人の姿はテレビでよく見る迷惑な住人とのやりとりにそっくりだ。それを観て何年か前に話題になった騒音おばさんを思いだした。しかし、あの騒動をモチーフにしたコメディと思って観続けると、そこは今までも視点をどこにするかをこだわってきた天野監督。違っていた。この作品は観る人に「あなたはどう考えますか?」と投げかけて来る映画だったのだ。

©「ミセス・ノイズィ」製作委員会
中盤から描かれる騒動の一カ月前からの美和子。真紀サイドからと同じシーンを描いている部分では真紀サイドからと美和子サイドからでは微妙に違いがあることに気がつく。美和子の生活を観ることで、この作品は決してコメディではない、現代の社会構造を考える作品へと変化していく。
ものの見方は様々あるが、自身のものの見方を変えることはなかなか難しい。真紀も美和子も自身がしていることは正しいと考え、譲らない。争いとは自身を正当化しようとして生まれるものだと改めて思う。しかし、自身が正しいと思う道を進まなければ生きていけないから今の世の中難しい。
二人の騒動を自身の動画サイトにアップして利益を得ようとする真紀の弟・直哉の行動も今を物語る。小説と動画配信という負のメディアミックスが発動することで当事者が知らぬ間に自分達の争いが日本中に広がる。SNS上でのトラブル、誹謗中傷、メディアの過剰報道による騒動は絶えない。一方向から報道されたことを真実と決めつけてしまう今の社会に痛烈な批判をしているようにも感じた。

©「ミセス・ノイズィ」製作委員会
唸るキャスティング
この作品を面白くしているのが天野監督が選んだ俳優陣だ。主人公の主婦には現在ドラマ『相棒』にレギュラー出演中で、『共喰い』、『湯を沸かすほどの熱い愛』など様々な作品で印象を残している女優・篠原ゆき子。子育てと仕事を両立させようとして壁にぶつかり、隣人とのトラブルを抱える主婦を体現している。本作の好演で第59回アジア太平洋映画祭主演女優賞
を受賞した。そして隣人には天野監督がオーディションで選出した大高洋子を起用した。イメージに合わせたキャスティングであり、しっかりとした演技力を持つ二人が醸し出す距離感が絶妙だ。有名な役者を美和子役に起用する方法もあっただろうが、大高の意地悪にも優しそうにも取れる話し方、仕草ははまり役。観る者によって解釈が変わるだろう。
この映画を観ながら我が家の下の住人を思い出していた。彼女の行動にも何か意味があったのではないか。聞いてみたいが彼女はもう下にはいない。今はどこで生きているのだろう。
映画『ミセス・ノイズィ』https://mrsnoisy-movie.com は12月4日より全国順次公開。
東海3県ではTOHOシネマズ(赤池・木曽川・モレラ岐阜)で公開。
【配給】アークエンタテインメント
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