非正規雇用を改めて考える(映画『時の行路』)
神山征二郎監督は岐阜出身の監督だ。
今までも家族と共に生きる人々を丁寧に描いてきた。
神山征二郎監督が30本目の作品としてメガホンを撮った『時の行路』。この作品にも家族と生きるために懸命に闘う人々が映し出された。
この作品は非正規雇用労働者の不当解雇、それを訴える訴訟を起こす人々を中心に描かれている。家族と一緒に暮らすことを夢見て単身で長年派遣工として働いて来たベテラン技術者が契約期間を残してリーマンショックの影響だからと不当解雇される。世間の矛盾を感じながら家族や有志に支えられ、企業に立ち向かう主人公を通して『非正規』という立場で生きる人々を考える。

©映画「時の行路」製作委員会
あらすじ
青森の八戸でリストラにあった五味洋介(石黒賢)は妻の夏美(中山忍)と子どもたちを実家に残して静岡の大手自動車メーカーの工場の旋盤工として働きながら、仕送りを続けていた。洋介は派遣社員であったがベテラン技能者として職場でも信頼され、充実した日々を送る合間に家族を三島に呼び、ともに暮らせる将来を夢見て頑張っていた。
しかし、ある日突然、リーマンショックに端を発した非正規雇用労働者の「大量首切り」により職場を追い出されてしまう。洋介は理不尽な仕打ちに抗し、仲間と一緒に労働組合に入って立ち上がる。だが洋介や妻たち、支援の人々の願いは届かず、会社と裁判所は冷酷だった。
演技派が揃ったキャスティング
突然の解雇に納得できず仲間と共に会社と戦う主人公・五味に石黒賢。家族のためだけでなく、今後の派遣工の権利のために組合に入って行動する。夫を遠くからやさしく見守る妻に中山忍、義父役に綿引克彦、主人公と共に闘う弁護士に川上麻衣子と演技派が揃い、事実に基づいた作品を作り上げた。思いを訴える五味を演じる石黒賢のまっすぐな眼差しに心打たれる。

©映画「時の行路」製作委員会
非正規雇用労働者は全体の4割。
総務省統計局が2020年2月に発表した、2019年分の労働力調査によると2019年における非正規雇用労働者は2165万人。これは前年比で45万人の増加となり、雇用者全体(5660万人、役員除く)に占める比率は38.3%にのぼる。
能力、技術が正社員よりあっても正社員を守るために非正規雇用労働者は犠牲になり、解雇されるということは今の時代も少なくない。
派遣を選ぶ理由はライフスタイルに合わせてという人もいれば、正社員になれる条件には合わず、家族と生きるためにこの勤務形態でしか働けない人もいる。この作品では後者の人々の訴えが語られる。
原作は、田島一による同名小説『時の行路』。リーマンショックの影響からいわれなき解雇をされる自動車工場で働く派遣労働者の実話を元に描かれている。その後、『続・時の行路』『争議生活者―『時の行路』完結編』の2作が続編として執筆され、この映画にもエピソードが取り上げられている。

©映画「時の行路」製作委員会
派遣工は人ではなくもの扱い、いくらでも代わりはいるという考えで、都合よく解雇される派遣工や期間工が、自分達の権利を訴えて、働きながら時間をかけて係争する中で、雇用した企業、派遣契約した派遣会社の冷たい対応や裁判所の不公平性が見えてくる。
弱い者には誰も力を貸さないのか。そうではない。小さな力が大きな力になることを信じ、活動する五味達の姿を見て協力していく人達がいることも忘れてはならない。
筆者も長年、派遣社員として働いて来た。
会社のために一生懸命仕事をしても自分の成績として評価されることは少ない。そして常に契約期間の手前になると、次回の契約はまたしてもらえるのかと不安になる。精神的に辛くても休むことすらままならない。正社員は長期で休めても派遣社員は契約を切られる。
しかし夢を叶えるために、明日を生きるために、今の自分の生活を守るために日々働くしかない。映画の中の派遣工、期間工が心の奥で抱えている不安が痛いほどよくわかる。
企業を守るために雇用を調整せざるを得ないのは資本主義では致し方ない。
だが、新型コロナウィルス感染拡大防止の休業要請で非正規雇用者は今また不当な解雇を強いられている。何かあれば一番始めに犠牲になるのは非正規雇用者だ。
2020年4月1日、パートタイム・有期雇用労働法が施行され、非正規雇用労働者に正社員と同一労働同一賃金を求めていく法改正が行われた。
彼らの闘いが非正規雇用の待遇を変えるきっかけの一つになったことは間違いない。
映画『時の行路』 http://www.tokinokouro.kyodo-eiga.co.jp/ は8月15日より名古屋・名演小劇場で公開。
8月29日から岐阜CINEXでも公開。公開初日に神山征二郎監督のトークショーも開催される。
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