
あなたが愛した私でいたい(映画『ナチュラルウーマン』)
前情報は全く入れずに鑑賞し始めた映画『ナチュラルウーマン』。
ナイトクラブで歌う彼女は低音部の響きがすばらしく、なかなかあの声は出せないと思いながら聞いた。
そこに現れる素敵な男性が誕生日を祝ってくれる。ちょっと年配の男性と一途に愛を育んでいるその彼女に悲しい事件が起きた。隣で眠っていた最愛の人は突然体調不良を訴え、病院に運んだがそのまま亡くなってしまう。パートナーでしかなかった上、年齢差もあり、親族とは認められず、警察からは怪しまれ、前妻や子供から偏見や差別に溢れた言葉を浴びせられる。
遺族との会話辺りまで彼女がトランスジェンダーであることに全く気がつかなかった。だって彼女はどう見たって私から見れば女性だったから。
歌うしぐさも話す時のしぐさも。美しい女性だったのだ。

@2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA
『ナチュラルウーマン』 あらすじ
ウェイトレスをしながらナイトクラブで歌っているマリーナは年の離れた恋人オルランドと暮らしていた。マリーナの誕生日を祝った夜、自宅のベッドでオルランドは体調を崩し、そのまま亡くなってしまう。最愛の人を亡くした悲しみの最中にも関わらずマリーナはトランスジェンダーであるが故に偏見や差別の言葉を浴びせられ、警察にも疑われてしまう。二人で暮らしていた家を追い出され、葬儀への参列をも拒否される。ただ愛する人に最後のお別れを告げたい。マリーナは挫けずに動きはじめる。
これは一人の女性が愛するパートナーに別れを告げるまでの数日間の出来事だ。その中では世の中でトランスジェンダーなどのいわゆるLGBTの人たちに対する偏見がたくさん描かれている。
魅力ある女優の誕生
セバスティアン・レリオ監督はチリ出身の監督で、前作『グロリアの青春』を自らハリウッドリメイクすることが決まっている才能の持ち主だ。そんなレリオ監督がトランスジェンダーをテーマに映画を描こうとした時に相談したのが、歌手兼女優のダニエラ・ヴェガだった。話を聞いて脚本に取り入れていくうちにマリーナ役はダニエラにしかできないと思いオファーしたという。
ダニエラは8歳でオペラ歌手としての才能を認められ、ヘアスタイリストとして働く傍ら演劇活動もスタート。2017年にはテアトロ・ア・ミル国際演劇祭の最高賞の一つを受賞するなど歌だけでなく、芝居も評価されている。本作でもマリーナは表情で様々な思いを私たちに伝えてくる。強いまなざし、その裏にあるトランスジェンダー故の過去の悲しい出来事が見えてくるのだ。彼女が歌う歌にも人生がぎっしり詰まっている。冒頭のナイトクラブのシーンでこの歌はまねできないと感じたのはそれが原因だった。しかも彼女は泣き寝入りはしない。どんなに非難されても愛するオルランドとの別れをなんとか果たそうとする強い心を持っていて、屈しない姿に勇気づけられ、応援したくなる。
ダニエラの体当たりな演技が素晴らしい。本作で鮮烈な映画デビューを飾った彼女は、次回作では女性を演じているという。

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彼の魅力が最後まで話を引っ張る
もちろんマリーナを理解してくれる人もいる。オルランドの弟や働いているレストランのオーナー、そして愛するオルランド。オルランドは何度もマリーナの前に現れ、マリーナが前に進むために導いてくれる。マリーナという人物に惹かれて、純粋に愛したオルランド。冒頭、クラブで歌うマリーナへの優しい眼差しがマリーナへの愛を感じる。このオルランドの愛があったからこそマリーナは生きて来られたのだろう。
オルランド役はチリの名俳優フランシスコ・レジェス。出演シーンは多くないが、非常に強いインパクトを残す。
印象あるシーンは何を訴えているのか
予告にもあったマリーナが向かい風に立ち向かう演出は昔の作品へのオマージュだが、マリーナの立場を表すにはぴったりの演出だ。作品の中にはいくつかそういったインパクトある演出があり、レリオ監督がなぜこの演出を入れてきたのか考えることが面白い。マリーナが飛び込んだクラブの演出、オルランドが残した鍵で開けたロッカーの中身。随所に考えさせられるシーンもある。

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ベルリン国際映画祭での上映を経て、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、最有力候補と言われている本作。
自分が、自分であること。あなたが愛してくれた私であるために。
トランスジェンダーの姿を通して自分らしい生き方で生きていくことを訴えてくる。
映画『ナチュラルウーマン』 http://naturalwoman-movie.com/ は2月24日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国公開。
東海地区では2月24日より愛知 名演小劇場、ユナイテッド・シネマ豊橋18、3月17日より静岡 シネ・ギャラリーにて公開。三重 伊勢進富座、静岡 シネマイーラでも順次公開予定。
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