
88歳、70年前に戻る旅(映画『家へ帰ろう』)
人生の終わりが見えて来たとき、人生を振り返り、やり残したことをやろうとする人は多くいる。
88歳の一人旅は忘れられぬ人を探す旅。祖国ポーランドを捨て、戻る場所はないと思って生きてきた。でも人生の最期に会わなければならない人がいる。
自分が生きてきた"もうひとつの人生"に終わりが見えてきたこの映画の主人公はその人生を歩ませてくれた人を探しに旅に出る。今まで帰ろうとしなかった祖国ポーランドへ。人生最期の一人旅。
出会いでつながる祖国への道
ブエノスアイレスに住む88歳の仕立屋・アブラハムはほぼ動かなくなりつつある右足の切断をし、施設に入ることを余儀なくされている。長年住んだ仕立屋兼自宅の売却も子ども達とこの先を見据えて決めたことだが、どこかその決断に納得が行ってなさそうなアブラハムを冒頭の子や孫が集まるシーンで見ることが出来る。家族達はアブラハムへの態度が素っ気ない。そんなアブラハムが決めたのは70年前に別れた親友に会いに行くこと。生きているのか、どこにいるのか知らず、調べることもなく、無謀な旅に出る。インターネットや通信が普及している現代だがアブラハムは携帯も持っておらず、家族とも連絡を取らない。決して「ドイツ」と「ポーランド」という言葉を口にせず、紙に書いて行く先を告げるというおかしなルールのある旅だが、全ては現地の人と人がうまく旅が進むように繋げてくれる。家族よりもまったく知らない他人の方がアブラハムに親身になってくれる。航空券の手配をするのに頼った友人の孫、飛行機で隣り合わせた若者、マドリッドのホテルの女主人、ドイツに足を踏み入れたくないアブラハムの気持ちに応える文化人類学者の女性、アブラハムを生まれた場所に連れて行く看護婦。出会った人々がアブラハムを心配して面倒を見てくれる。自分が計画した通りには体が動かず、大幅にスケジュールも変わってしまう旅だが、だからこそその先々でアブラハムの心に変化をもたらす出会いがある。

© 2016 HERNÁNDEZ y FERNÁNDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.
絶対に言わない「ドイツ」、「ポーランド」
アブラハムは自分の過去のことになると妙に頑固だ。自分の中で思い出したくないためにそれをイメージする単語まで話さないアブラハム。ある人にとっては単なる国名だが、ユダヤ人にとってはそうではない。第二次世界大戦でヒトラー率いるドイツ軍がポーランドへ侵攻し、ポーランドに住むユダヤ人は財産を没収され捕らえられて収容所に送られた。虐殺を逃れて生き残ったのはポーランド在住のユダヤ人の内の10%ほどだったと言われている。そこから逃げてきたアブラハムを救ったのはそれまで一緒に暮らしていた兄弟同然のポーランド人だった。アブラハムが見る夢や回想が祖国に近づくに連れ、アブラハム自身の幼少の頃からの記憶の断片であることがわかる。自分達は悪いことは何もしていない。ただユダヤ人というだけで疎まれ、家族を失ったアブラハムを親に逆らってでも守り、生かしてくれた大事な友。決して忘れられるわけがない。しかし生きていくために祖国を捨てたアブラハムはずっとその記憶を封印してきた。ポーランドの友に自分が仕立てた最期のスーツを渡すことという目的の裏に隠された友との本当の約束。それを果たすために今までずっと心の奥に閉じ込めていた記憶をアブラハムは少しずつ開けていく。

© 2016 HERNÁNDEZ y FERNÁNDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.
ちょっと頑固でちょっとお茶目なおじいちゃんに手を貸したくなる
ちょっと頑固なところもありながら、誰にでも話しかけ、気前もいい。マドリッドのホテルの女主人には口説き文句も言う、文化人類学者のドイツ人女性にキスされて固持していた態度を一変させるなど年を取っても非常に男性らしいところが魅力的だ。それでいて寂しげなところを覗かせるアブラハムのことを出会った人々、特に女性は放っておけず、アブラハムの世話を焼く。アブラハムを演じているのはアルゼンチンの名俳優ミゲル・アンヘル・ソラ。彼自身が持つ愛嬌や男の色気がアブラハムを魅力的にする。実年齢よりかなり年齢の高い役を演じきった。

© 2016 HERNÁNDEZ y FERNÁNDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.
自らのアイデンティを求めて。事実をモチーフにした作品
監督のパブロ・ソラロスはカフェで聞いた話に心揺さぶられた。それは死を前に戦時中に世話になった自分の恩人をハンガリーに探しに行って奇跡の再会を果たした老人の話。自らの亡くなった祖父が「ポーランド」という言葉が禁句でそのポーランドでのユダヤ人としての出来事を聞かれることに非常に嫌悪を感じていたことが小さな頃から記憶に深く刻まれていた監督はその老人の話を基に祖父の人生を描こうとした。ユダヤ人であったがために祖国を逃れなければならなかった過去と向き合い、約束を果たすために自らの祖国に向かうロードムービーを作った。それは監督自身がユダヤ人であるという事実と向き合うことになる。10年をかけて祖父の生まれた国ポーランドで取材し、いくつかのプロットからストーリーを作りあげた。今自分がここで生きているのは祖父を助けてくれた人がいたから。祖父の代わりに感謝を伝えたい。ロードムービーを通して監督の思いが世界へと広がる。
これはアブラハムの心にかかった鎖と鍵を外す旅。嫌な記憶に蓋をしなければ生きてこられなかった70年。人生最期の旅で自分の心を解き放ち、大事な人と再会するためにまた一歩踏み出す。
この映画の邦題『家へ帰ろう』は作中のセリフだ(原題は『EL ULTIMO TRAJE』、LAST SUITという意味)。若き頃ポーランドで、そして今ブエノスアイレスで自分の帰る家を失くしたアブラハムをこの言葉で迎えてくれたのは誰なのか。強い絆は時間をあの頃へと巻き戻す。
『家(うち)へ帰ろう』 http://uchi-kaero.ayapro.ne.jp は
12月22日からシネスイッチ銀座他で全国公開。
東海地区では12月29日より愛知・伏見ミリオン座、1月26日より岐阜・CINEX、三重・伊勢進富座で公開。
おすすめの記事はこれ!
-
1
-
映画『親のお金は誰のもの 法定相続人』三重先行上映舞台挨拶レポート
映画『親のお金は誰のもの 法定相続人』の三重先行上映、舞台挨拶が9月22日三重県 ...
-
2
-
映画『私はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか、そしてあなたは…』名古屋凱旋上映決定!
映画『私はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか、そしてあなたは…』が ...
-
3
-
ロイヤル劇場存続をかけてクラウドファンディング開始! 【ロイヤル劇場】思いやるプロジェクト~ロイヤル、オモイヤル~
岐阜市・柳ケ瀬商店街にあるロイヤル劇場は35ミリフィルム専門映画館として常設上映 ...
-
4
-
第76回 CINEX映画塾 映画『波紋』 筒井真理子さんトークレポート
第76回CINEX映画塾『波紋』が7月22日に岐阜CINEXで開催された。上映後 ...
-
5
-
岐阜CINEX 第17回アートサロン『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』トークレポート
岐阜CINEX 第17回アートサロン『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクシ ...
-
6
-
女性監督4人が撮る女性をとりまく今『人形たち~Dear Dolls』×短編『Bird Woman』シアターカフェで上映
名古屋清水口のシアターカフェで9月23日(土)~29日(金)に長編オムニバス映画 ...
-
7
-
映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』公開記念 アルノー・デプレシャン監督舞台挨拶付き上映 伏見ミリオン座で開催決定!
世界の映画ファンを熱狂させる名匠アルノー・デプレシャンが新作『私の大嫌いな弟へ ...
-
8
-
自分の生きる道を探して(映画『バカ塗りの娘』)
「バカ塗りの娘」というタイトルはインパクトがある。気になってバカ塗りの意味を調べ ...
-
9
-
「シントウカイシネマ聖地化計画」始動!第一弾「BISHU〜世界でいちばん優しい服〜」(仮)愛知県⼀宮市にて撮影決定‼
株式会社フォワードがプロデュースし、東海地方を舞台にした全国公開映画を毎年1本ず ...
-
10
-
エリザベート40歳。これからどう生きる?(映画『エリザベート1878』)
クレオパトラ、楊貴妃と並んで世界の三大美女として名高いエリザベート皇妃。 彼女の ...
-
11
-
ポップな映像と音楽の中に見る現代の人の心の闇(映画『#ミトヤマネ』)
ネット社会ならではの職業「インフルエンサー」を生業にする女性を主人公に、ネット社 ...
-
12
-
豆腐店を営む父娘にやってきた新たな出会い(映画『高野豆腐店の春』)
尾道で小さな豆腐店を営む父と娘を描いた映画『高野(たかの)豆腐店の春』が8月18 ...
-
13
-
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』11/10(金)より名古屋先行公開が決定!海外展開に向けたクラウドファンディングもスタート!
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』が 11月10日(金)より、ミッドランドスクエア ...
-
14
-
『Yokosuka1953』名演小劇場上映会イベントレポート
ドキュメンタリー映画『Yokosuka1953』の上映会が7月29日(土)、30 ...
-
15
-
海外から届いたメッセージ。66年前の日本をたどる『Yokosuka1953』名古屋上映会開催!
同じ苗字だからといって親戚だとは限らないのは世界中どこでも一緒だ。 「木川洋子を ...
-
16
-
彼女を外に連れ出したい。そう思いました(映画『658km、陽子の旅』 熊切和嘉監督インタビュー)
42才、東京で一人暮らし。青森県出身の陽子はいとこから24年も関係を断絶していた ...
-
17
-
第75回CINEX映画塾 『エゴイスト』松永大司監督が登場。7月29日からリバイバル上映決定!
第75回CINEX映画塾 映画『エゴイスト』が開催された。ゲストには松永大司監督 ...
-
18
-
映画を撮りたい。夢を追う二人を通して伝えたいのは(映画『愛のこむらがえり』髙橋正弥監督、吉橋航也さんインタビュー)
7月15日ミッドランドスクエアシネマにて映画『愛のこむらがえり』の公開記念舞台挨 ...
-
19
-
あいち国際女性映画祭2023 開催決定!今年は37作品上映
あいち国際女性映画祭2023の記者発表が7月12日ウィルあいちで行われ、映画祭の ...
-
20
-
映画『愛のこむらがえり』名古屋舞台挨拶レポート 磯山さやかさん、吉橋航也さん、髙橋正弥監督登壇!
7月15日ミッドランドスクエアシネマにて映画『愛のこむらがえり』の公開記念舞台挨 ...
-
21
-
彼女たちを知ってほしい。その思いを脚本に込めて(映画『遠いところ』名古屋舞台挨拶レポート)
映画『遠いところ』の公開記念舞台挨拶が7月8日伏見ミリオン座で開催された。 あら ...
-
22
-
観てくれたっていいじゃない! 第10回MKE映画祭レポート
第10回MKE映画祭が7月8日岐阜県図書館多目的ホールで開催された。 今回は13 ...
-
23
-
京都はファンタジーが受け入れられる場所(映画『1秒先の彼』山下敦弘監督インタビュー)
台湾発の大ヒット映画『1秒先の彼女』が日本の京都でリメイク。しかも男女の設定が反 ...
-
24
-
映画『老ナルキソス』シネマテーク舞台挨拶レポート
映画『老ナルキソス』の公開記念舞台挨拶が名古屋今池のシネマテークで行われた。 あ ...
-
25
-
「ジキル&ハイド」。観た後しばらく世界から抜けられない虜になるミュージカル
ミュージカルソングという世界を知り、大好きになった「ジキル&ハイド」とい ...
-
26
-
『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシク久しぶりの映画はワケあり数学者役(映画『不思議の国の数学者』)
映画館でポスターを観て気になった2本の韓国映画。『不思議の国の数学者』と『高速道 ...
-
27
-
全編IMAX®️認証デジタルカメラで撮影。再現率98% あの火災の裏側(映画『ノートルダム 炎の大聖堂』)
2019年4月15日、ノートルダム大聖堂で、大規模火災が発生した。世界を駆け巡っ ...
-
28
-
松岡ひとみのシネマコレクション 映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』 阪元裕吾監督トークレポート
松岡ひとみのシネマコレクション 映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』が4月1 ...
-
29
-
映画『サイド バイ サイド』坂口健太郎さん、伊藤ちひろ監督登壇 舞台挨拶付先行上映レポート
映画『サイド バイ サイド』舞台挨拶付先行上映が4月1日名古屋ミッドランドスクエ ...
-
30
-
第72回CINEX映画塾 映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』足立紳監督トークレポート
第72回CINEX映画塾が3月25日岐阜CINEXで開催された。上映作品は岐阜県 ...
-
31
-
片桐はいりさん来場。センチュリーシネマでもぎり(映画『「もぎりさん」「もぎりさんsession2」上映+もぎり&アフタートークイベント』)
センチュリーシネマ22周年記念企画 『「もぎりさん」「もぎりさんsession2 ...
-
32
-
カンヌ国際映画祭75周年記念大賞を受賞したダルデンヌ兄弟 新作インタビュー(映画(『トリとロキタ』)
パルムドール大賞と主演女優賞をW受賞した『ロゼッタ』以降、全作品がカンヌのコンペ ...
-
33
-
アカデミー賞、オスカーは誰に?(松岡ひとみのシネマコレクション『フェイブルマンズ』 ゲストトーク 伊藤さとりさん))
松岡ひとみのシネマコレクション vol.35 『フェイブルマンズ』が3月12日ミ ...
-
34
-
親子とは。近いからこそ難しい(映画『The Son/息子)』
ヒュー・ジャックマンの新作は3月17日から日本公開される『The Son/息子』 ...
-
35
-
先の見えない日々を生きる中で寂しさ、孤独を感じる人々。やすらぎはどこにあるのか(映画『茶飲友達』外山文治監督インタビュー)
東京で公開された途端、3週間の間に上映館が42館にまで広がっている映画『茶飲友達 ...
-
36
-
映画『茶飲友達』名古屋 名演小劇場 公開記念舞台挨拶レポート
映画『茶飲友達』公開記念舞台挨拶が2月25日、名演小劇場で開催された。 外山文治 ...
-
37
-
第71回 CINEX映画塾 映画『銀平町シネマブルース』小出恵介さん、宇野祥平さんトークレポート
第71回CINEX映画塾『銀平町シネマブルース』が2月17日、岐阜CINEXで開 ...
-
38
-
名古屋シアターカフェ 映画『極道系Vチューバー達磨』舞台挨拶レポート
映画『極道系Vチューバー達磨』が名古屋清水口のシアターカフェで公開中だ。 映画『 ...
-
39
-
パク・チャヌク監督の新作は今までとは一味も二味も違う大人の恋慕を描く(映画『別れる決心』)
2月17日から公開の映画『別れる決心』はパク・チャヌク監督の新作だ。今までのイメ ...