映画『リングサイド・ストーリー』武正晴監督インタビュー
リングの上の景色を見る人とリングの下からその人を見つめる人がいる。
あなたはどちらの人に共感するだろう。
映画『リングサイド・ストーリー』を観るとそれがわかるかも知れない。
『リングサイド・ストーリー』あらすじ
レッドカーペットを歩く役者になるという夢を信じて
自分の気に入る仕事が来るのを待ち続ける売れない役者ヒデオ(瑛太)。
ヒデオを信じて10年付き合い、家計を支える同棲相手のカナコ(佐藤江梨子)。
カナコが仕事を辞めたことを知ったヒデオは
プロレス団体の求人募集を見つけてカナコに就職先をアシストする。
プロレス団体で働くことになったカナコは毎日が多忙になっていく。
ヒデオはそんなカナコが浮気しているのではないかと妄想が膨らみ、
とんでもない事件を起こしてしまう。
そして、事件のケリをつけるため、K-1のリングで戦うことになるのだが…。
「自分はビックになれる」と思っているヒデオの全く根拠のないその確信が好きだ。
女性から見ればダメダメ男だが信じ続けられるその心の強さが好きだ。
そしてあきれながらもヒデオを信じるカナコのたくましさと優しさ。
プロレスの話もK-1の話もあるがこれはヒデオとカナコ二人の物語。

9月8日武正晴監督が来名。インタビューを行った。
『百円の恋』の次の新作
Q.作品を作った経緯を教えてください
武監督
『百円の恋』に比べれば、生みの苦しみのない作品でした。
去年の4月に『イン・ザ・ヒーロー』でもご一緒した
プロデューサーの李鳳宇(り・ぼんう)さんから格闘技団体のK-1、
プロレス団体のWRESTLE-1(レッスルワン)という団体や所属している人と共に
映画を撮れないかという話をいただきました。
『百円の恋』でボクシングの映画を撮ったので「またか!」とは思ったのですが
非常に難しい、だけど自由にできる、オリジナルの設定でできるので
何かできないかなあという感じで作り始めました。そんな話からスタートして
8月には撮影をしていました。
提案された企画をどういうストーリーにしようかなと考えた時に格闘家を主人公にするよりは
「バックヤード的な話にしたいね。」という雑談から始まりました。
自分の夢をかなえるために恋人を働かせる男の話
武監督
その雑談の中で『百円の恋』のシナリオライターの足立紳の話をしました。
昔、足立さんの奥さんがプロレス団体で働いていたことがあるんですと。
結婚する前、奥さんと同棲しているときに仕事がなくて家でごろごろしていたら
奥さんの仕事がなくなってしまって足立さんは自分の仕事は探さずに
奥さんの仕事を探したそうです。(笑)
シナリオライターの仕事が来ないなら誰かに食べさせてもらわないといけない
という考えだったようでプロレス好きな足立さんはプロレス雑誌の中から
社員募集の広告を見つけて奥さんにこれを受けなさいと積極的に薦めて
合格してもらうためにプロレス団体へ熱のこもった
就職活動用の作品を書いたり、奥さんにプロレスをレクチャーしたりしたとか。
本人にはプロレスをタダで見られるかもしれないし、レスラーと仲良くできるかもしれない
という下心もあったみたいですが。(笑)
かなりの倍率の中から奥さんは受かったそうです。
でもそこで終わらないのが足立さんの面白いところなんです。
奥さんの仕事がとても忙しくなって家にも遅くにしか帰ってこないし、
巡業に行くと数日帰ってこなくなって、一人で家で過ごすうちに寂しくて嫉妬に狂って
奥さんがレスラーと浮気しているんじゃないかと思いはじめて。
その話は以前聞かされていましたが、浮気相手だと妄想したレスラーの悪口を
ネット上で書いたりしていたことは、僕もこの間の取材で知りました (笑)。
そういう話を李さんにしたらすごく喜んでくれて。
この話を始まりにしてシナリオを構築し始めました。
足立さんに書いてもらえばよかったのですが、
足立さん自身が監督した作品『14の夜』の撮影と重なっていたので
足立さんのこともよく知っている横幕智裕(よこまく・ともひろ)さんを李さんが紹介してくれて
書いてもらうことになりました。
監督業も忙しかった足立紳さんが、劇中のリングのサイドにいて
声を出して盛り上がっているので確認してほしいです。

リングのサイドを描きたい
Q.プロレスやK-1には詳しかったのですか。
武監督
僕はプロレスが好きな世代です。製作するにあたって
新しくなったK-1とかWRESTLE-1を見に行ったり、
レスラーの生活も見せてもらいました。
プロレスやK-1の現場にはいろんな経歴を持っている方がいます。
サトエリ(佐藤江梨子)さんが「あなたをスポットライトにあてたかったのよ。」と思える人たち。
そういう人たちを登場人物としてシナリオに取り込みました。
ただ、まず主人公をどういう風に描くかが重要でした。
始めは佐藤さんが演じたカナコが知らない世界を垣間見るという話を考えていたんですが
彼氏役のヒデオという人物を作り出したらとてつもなく傑作な男になっていって。
傑作な男をちゃんと作ろうとしたら二人の関係はきっちり描かないといけないなと思いました。
タイトルは『リングサイド・ストーリー』にはなっていますが
ふらふらしているカップルがどういう過程を進んでいくのかを
面白おかしく描けているとみなさんに感じていただければ嬉しいですね。
Q.ヒデオは誰をイメージして作られたのでしょうか。
武監督
話の出だし部分は足立さんですけど僕自身も含まれているんじゃないかなあと思います。
僕の周りも自分も含めてですが、ヒデオみたいな人間は多くて
ヒデオのことはダメな男に見えなくて、面白い男に見えてしまう。
僕達が逸脱することの面白さを求めてきてしまったせいもあるかもしれませんが。
ヒデオも足立さんもただ愉快な人だけど普通に暮らす女性から見ると
「なんでこの人と結婚しているんだろう?」「なんで一緒にいるんだろう?」
って思えるのではないでしょうか。
よその人から見られない何かを描きたかったのです。
瑛太さんもこの脚本にすごく乗ってくれました。
ヒデオの職業を役者にしたという事が大きかったと思うのですが
身の回りにいる俳優を見ていて、彼らの感覚からすると当たり前で
ダメだとかいう基準じゃなくて面白いとかまだ足りないとか。
そういうエピソードを結構入れています。
「分かる。」と思う人と「なんでこんなダメな男と?」と思う人と真っ二つに分かれるでしょうね。
ヒデオのことを「ダメだけど期待できませんか?この男。」と僕は思わせたくて。
足立紳じゃダメでも瑛太さんならそう思わせてくれると思うんです。
瑛太さんにはサトエリしかない。
Q.佐藤さんをキャスティングした理由を教えてください。
武監督
瑛太さんをヒデオ役に決めた時に、ヒデオと同等に立てる女性を考えました。
佐藤さんとお会いしたことが過去にあって、そのときの印象が
甘えさせてくれる、包容力もある女性のイメージで。
ぴったりだなと思い連絡しました。
胸に響く『消えぞこない』
Q.フラワーカンパニーズ(以降フラカン)の曲を起用した経緯を教えてください。
武監督
音楽は歌のある歌詞の入っている曲を使いたいねとプロデューサーとも話していて。
いろんなアーティストさんを紹介していただいたんですが
アルバム全体が『リングサイド・ストーリー』と精神世界でつながっていて、
曲を聞いたらフラカンさんがダントツでした。
「消えぞこない」という言葉は脚本を作っているときに気が付きませんでした。
曲の歌詞がこの映画そのものでした。
映像にはめてみたら尺もぴったり合って、音符一つずれずにはまったんです。
同じアルバムにある『くちびる』という曲も歌詞がシンクロしてこれは使いたいと思いました。
フラカンさんにお会いした時に『百円の恋』も好きだと言っていただけて
新曲『キャンバス』も提供してくださいました。
昨日大阪の映画館でお客さんと一緒にスクリーンで観て改めて
フラカンさんにかなり助けられたなと感じました。
フラカンさんの曲のおかげで全然自分たちが作った映画と違うものになったように思いました。
計算した訳ではなくすごく作品がよくなっているんですよ。
すごいエネルギーをいただきました。
映画を観た方が「歌のフレーズが残る。」と言ってくださるんです。
フラカンさんは名古屋出身ですし、僕と年代も近くて精神世界が近いのかなと思います。
(武監督は愛知県出身)
フラカンさんと仕事ができるなんて夢みたいでしたよ。
プロレスとK-1もそうですけど普段なら絶対に交じり合わない人たちが
交じり合うっていうのは映画の力じゃないかと思います。
先日の先行上映の舞台挨拶でプロレスの選手とK-1の選手が一緒に並んでいましたから。
足立さんの話から始まってフラカンさんと一緒に仕事ができるまでになるなんて
映画じゃないとできないんじゃないかと思います。
Q.作品を観る方へメッセージをお願いします。
武監督
『リングサイド・ストーリー』というタイトルがついてますから
リングの上の話かと思われるかもしれませんが
実はリングに上がっていく人たちを支える人たちの物語です。
その上で『カナコとヒデオ』というタイトルでもよかったぐらい二人の関係を描いています。
観終わった時に「映画って意外と面白いじゃん。」とか
「プロレスって面白いじゃない。」って言いながら
何かを始める人がいてくれたら嬉しいなと思います。

武正晴監督
格闘技の世界の裏側もたくさん垣間見える。
地道な努力を重ねて「ハレ」の舞台に立つ男達の背中をずっと見てきた人達の物語。
『リングサイド・ストーリー』(http://ringside.jp/)は
10月14日(土)より新宿武蔵野館、渋谷シネパレス他全国公開。
東海地区では名古屋栄・センチュリーシネマ、ユナイテッドシネマ豊橋18にて公開。
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