
あなたの人生このままでいいですか?(映画『ルージュの手紙』レビュー)
酒も飲まず、恋愛もしない。
仕事と子供のために生きてきた女性の元に
思いもよらぬ人から電話がかかってくる。
聞こえてきたのは三十年前父と自分の元を去った
血の繋がらない義理の母の声だった。
あらすじ
シングルマザーで助産師のクレールは子育てをしながら真面目に仕事をこなしてきた。
ある日、三十年ぶりに義理の母ベアトリスが連絡をしてくる。
自分と父を置いて消えた彼女は今まで奔放に生きてきたが
脳腫瘍で先は長くないと診断されたらしい。
医師を目指していたクレールの息子シモンは突然医学部をやめて
助産師になると言い出す。
恋人が妊娠したので家庭を持つというのだ。
様々な出来事が起こる中、知り合った隣人のポールにはじめはそっけない態度を
取っていたクレールだが次第に心を許していく。
手術したベアトリスを放っておけず、クレールは
ベアトリスを迎えに行く。
三十年ぶりの再会。なぜか見放せない
許せないけど見放せない。
自分と父を捨てて消えた義理の母ベアトリスに父のその後を告げ
はじめは怒りをぶちまけたクレールだったが
昔と何も変わらずギャンブルと酒が好きでその日暮らしをしている
ベアトリスを見放すことが出来ない。
一緒に一時期を過ごした家族であることは事実で
クレール自身が大人になり、親となったことで
ベアトリスにはベアトリスの事情があったことも理解できる。
三十年経った今だからこそ言い合いながらも
次第にお互いを分かり合って行ける
大人の光景が映し出される。
このベアトリスの突然の来訪はクレールにとっては自分の
ペースを乱される驚きの出来事だが、
この辺りからクレールの周りに様々な人が現れる。
人生の転機には必ず出会いや再会がある
自身が働く病院が閉院することを告げられ、息子は家庭を持って独立し、
これからどうやって生きていくか考えなければいけない
時期がやって来たクレール。
ベアトリスとの再会、ポールとの出会いはクレールに
自身の今までの生活を振り返らせ新たな道を歩ませる。
ひたすら助産師として妊婦に尽くし、
母親として一人で息子を育ててきたクレール。
自らを無意識に抑え続けてきたクレールに
ベアトリスとポールの言葉は少しずつ染みていき
クレールを変化させていく。
誰かがドアをノックしても鍵を開けなければ開かないように
自分で変わろうとしなければ変わらない。
ベアトリスの来訪はクレールの心の鍵を開けさせた。
ベアトリスを拒まず受け入れたことで彼女の環境にも変化が訪れたようだ。
今まで視界に入らなかったルージュや香水が入ってくる。
ルージュ一つで変わるクレールが美しい。
助産師という職業
助産師という職業は文字通り出産を助ける仕事。
体力的にも精神的にも不安になる妊婦を支え新たな命を取り上げる。
とても大変な仕事だと思う。
マルタン・プロヴォ監督は自身の出生時に自らの血液を輸血して
命を助けてくれた助産師に一言お礼を言いたくて必死になって探した。
しかし見つからずすべての助産師の方へ
感謝の意味を込めて作品の主人公を助産師にしたそうだ。
出産のシーンは本物の出産時の映像であり、
役者はそのシーンで実際に出産の手助けをしている。
正反対の性格を演じる二人のカトリーヌ
クレール役は『偉大なるマルグリッド』で音痴で大胆な婦人を演じた
カトリーヌ・フロ。あのときのような派手な印象は今回は全くない。
地味に日陰を生きてきた女性の心の変化を体現し、楽しませてくれる。
シャワールームでの彼女の背中にクレールという人物の
寂しさを感じ取った前半。自分の生活を大事にし始める後半。
歩き方やしぐさまでもが変化する。
フロの細かい役作りを見ることが出来る。
ベアトリスにはカトリーヌ・ドヌーヴ。
『神様メール』の彼女の芝居も好きだが今回もいい。
思ったことを口に出すが全く悪びれない。
愛した男は一人だけと言いながら
ギャンブルと酒が大好きで頼れる男の元を転々とし、
奔放に生きてきたベアトリス。
何故か憎めぬ自然体。
ただやはりどこかさびしい女性をドヌーヴは表現する。
後半になるにつれ自由に生きているように見えたベアトリスが
実は自由ではなく、こういう生活しかできなかったのではないか
と思わせてくれるのだ。
二人の名女優の掛け合いが楽しい。
性格は真逆でわかりあえないはずの義理の母と娘のやり取りは
妙にそれぞれの主張に共感出来るところがあり
この親子面白いなとついニヤッとしてしまう。
その分、クレールとベアトリスが一人で見つめる風景に
マルタン・プロヴォ監督がどんな思いを込めているのかを
考えずにはいられない。
菜園に植えられた花や川のボートは何を表しているのか。
最後まで見た後で気になってくる。
生き方は人様々だ。
自分の一度きりの人生だからどう生きてもいいだろう。
女性二人の様々な場面に私は自分を重ねた。
あなたはどちらの女性の生き方に共感するだろうか。
忙しくてもルージュは持って歩かねば。
『ルージュの手紙』http://rouge-letter.com/ は
現在シネスイッチ銀座にて公開中。
東海地区では名古屋 伏見ミリオン座で12月23日より、
静岡 シネ・ギャラリーで1月16日より、三重 進富座で2月17日より公開。
静岡 シネマイーラでも順次公開予定。
おすすめの記事はこれ!
-
1
-
映画『親のお金は誰のもの 法定相続人』三重先行上映舞台挨拶レポート
映画『親のお金は誰のもの 法定相続人』の三重先行上映、舞台挨拶が9月22日三重県 ...
-
2
-
映画『私はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか、そしてあなたは…』名古屋凱旋上映決定!
映画『私はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか、そしてあなたは…』が ...
-
3
-
ロイヤル劇場存続をかけてクラウドファンディング開始! 【ロイヤル劇場】思いやるプロジェクト~ロイヤル、オモイヤル~
岐阜市・柳ケ瀬商店街にあるロイヤル劇場は35ミリフィルム専門映画館として常設上映 ...
-
4
-
第76回 CINEX映画塾 映画『波紋』 筒井真理子さんトークレポート
第76回CINEX映画塾『波紋』が7月22日に岐阜CINEXで開催された。上映後 ...
-
5
-
岐阜CINEX 第17回アートサロン『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』トークレポート
岐阜CINEX 第17回アートサロン『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクシ ...
-
6
-
女性監督4人が撮る女性をとりまく今『人形たち~Dear Dolls』×短編『Bird Woman』シアターカフェで上映
名古屋清水口のシアターカフェで9月23日(土)~29日(金)に長編オムニバス映画 ...
-
7
-
映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』公開記念 アルノー・デプレシャン監督舞台挨拶付き上映 伏見ミリオン座で開催決定!
世界の映画ファンを熱狂させる名匠アルノー・デプレシャンが新作『私の大嫌いな弟へ ...
-
8
-
自分の生きる道を探して(映画『バカ塗りの娘』)
「バカ塗りの娘」というタイトルはインパクトがある。気になってバカ塗りの意味を調べ ...
-
9
-
「シントウカイシネマ聖地化計画」始動!第一弾「BISHU〜世界でいちばん優しい服〜」(仮)愛知県⼀宮市にて撮影決定‼
株式会社フォワードがプロデュースし、東海地方を舞台にした全国公開映画を毎年1本ず ...
-
10
-
エリザベート40歳。これからどう生きる?(映画『エリザベート1878』)
クレオパトラ、楊貴妃と並んで世界の三大美女として名高いエリザベート皇妃。 彼女の ...
-
11
-
ポップな映像と音楽の中に見る現代の人の心の闇(映画『#ミトヤマネ』)
ネット社会ならではの職業「インフルエンサー」を生業にする女性を主人公に、ネット社 ...
-
12
-
豆腐店を営む父娘にやってきた新たな出会い(映画『高野豆腐店の春』)
尾道で小さな豆腐店を営む父と娘を描いた映画『高野(たかの)豆腐店の春』が8月18 ...
-
13
-
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』11/10(金)より名古屋先行公開が決定!海外展開に向けたクラウドファンディングもスタート!
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』が 11月10日(金)より、ミッドランドスクエア ...
-
14
-
『Yokosuka1953』名演小劇場上映会イベントレポート
ドキュメンタリー映画『Yokosuka1953』の上映会が7月29日(土)、30 ...
-
15
-
海外から届いたメッセージ。66年前の日本をたどる『Yokosuka1953』名古屋上映会開催!
同じ苗字だからといって親戚だとは限らないのは世界中どこでも一緒だ。 「木川洋子を ...
-
16
-
彼女を外に連れ出したい。そう思いました(映画『658km、陽子の旅』 熊切和嘉監督インタビュー)
42才、東京で一人暮らし。青森県出身の陽子はいとこから24年も関係を断絶していた ...
-
17
-
第75回CINEX映画塾 『エゴイスト』松永大司監督が登場。7月29日からリバイバル上映決定!
第75回CINEX映画塾 映画『エゴイスト』が開催された。ゲストには松永大司監督 ...
-
18
-
映画を撮りたい。夢を追う二人を通して伝えたいのは(映画『愛のこむらがえり』髙橋正弥監督、吉橋航也さんインタビュー)
7月15日ミッドランドスクエアシネマにて映画『愛のこむらがえり』の公開記念舞台挨 ...
-
19
-
あいち国際女性映画祭2023 開催決定!今年は37作品上映
あいち国際女性映画祭2023の記者発表が7月12日ウィルあいちで行われ、映画祭の ...
-
20
-
映画『愛のこむらがえり』名古屋舞台挨拶レポート 磯山さやかさん、吉橋航也さん、髙橋正弥監督登壇!
7月15日ミッドランドスクエアシネマにて映画『愛のこむらがえり』の公開記念舞台挨 ...
-
21
-
彼女たちを知ってほしい。その思いを脚本に込めて(映画『遠いところ』名古屋舞台挨拶レポート)
映画『遠いところ』の公開記念舞台挨拶が7月8日伏見ミリオン座で開催された。 あら ...
-
22
-
観てくれたっていいじゃない! 第10回MKE映画祭レポート
第10回MKE映画祭が7月8日岐阜県図書館多目的ホールで開催された。 今回は13 ...
-
23
-
京都はファンタジーが受け入れられる場所(映画『1秒先の彼』山下敦弘監督インタビュー)
台湾発の大ヒット映画『1秒先の彼女』が日本の京都でリメイク。しかも男女の設定が反 ...
-
24
-
映画『老ナルキソス』シネマテーク舞台挨拶レポート
映画『老ナルキソス』の公開記念舞台挨拶が名古屋今池のシネマテークで行われた。 あ ...
-
25
-
「ジキル&ハイド」。観た後しばらく世界から抜けられない虜になるミュージカル
ミュージカルソングという世界を知り、大好きになった「ジキル&ハイド」とい ...
-
26
-
『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシク久しぶりの映画はワケあり数学者役(映画『不思議の国の数学者』)
映画館でポスターを観て気になった2本の韓国映画。『不思議の国の数学者』と『高速道 ...
-
27
-
全編IMAX®️認証デジタルカメラで撮影。再現率98% あの火災の裏側(映画『ノートルダム 炎の大聖堂』)
2019年4月15日、ノートルダム大聖堂で、大規模火災が発生した。世界を駆け巡っ ...
-
28
-
松岡ひとみのシネマコレクション 映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』 阪元裕吾監督トークレポート
松岡ひとみのシネマコレクション 映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』が4月1 ...
-
29
-
映画『サイド バイ サイド』坂口健太郎さん、伊藤ちひろ監督登壇 舞台挨拶付先行上映レポート
映画『サイド バイ サイド』舞台挨拶付先行上映が4月1日名古屋ミッドランドスクエ ...
-
30
-
第72回CINEX映画塾 映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』足立紳監督トークレポート
第72回CINEX映画塾が3月25日岐阜CINEXで開催された。上映作品は岐阜県 ...
-
31
-
片桐はいりさん来場。センチュリーシネマでもぎり(映画『「もぎりさん」「もぎりさんsession2」上映+もぎり&アフタートークイベント』)
センチュリーシネマ22周年記念企画 『「もぎりさん」「もぎりさんsession2 ...
-
32
-
カンヌ国際映画祭75周年記念大賞を受賞したダルデンヌ兄弟 新作インタビュー(映画(『トリとロキタ』)
パルムドール大賞と主演女優賞をW受賞した『ロゼッタ』以降、全作品がカンヌのコンペ ...
-
33
-
アカデミー賞、オスカーは誰に?(松岡ひとみのシネマコレクション『フェイブルマンズ』 ゲストトーク 伊藤さとりさん))
松岡ひとみのシネマコレクション vol.35 『フェイブルマンズ』が3月12日ミ ...
-
34
-
親子とは。近いからこそ難しい(映画『The Son/息子)』
ヒュー・ジャックマンの新作は3月17日から日本公開される『The Son/息子』 ...
-
35
-
先の見えない日々を生きる中で寂しさ、孤独を感じる人々。やすらぎはどこにあるのか(映画『茶飲友達』外山文治監督インタビュー)
東京で公開された途端、3週間の間に上映館が42館にまで広がっている映画『茶飲友達 ...
-
36
-
映画『茶飲友達』名古屋 名演小劇場 公開記念舞台挨拶レポート
映画『茶飲友達』公開記念舞台挨拶が2月25日、名演小劇場で開催された。 外山文治 ...
-
37
-
第71回 CINEX映画塾 映画『銀平町シネマブルース』小出恵介さん、宇野祥平さんトークレポート
第71回CINEX映画塾『銀平町シネマブルース』が2月17日、岐阜CINEXで開 ...
-
38
-
名古屋シアターカフェ 映画『極道系Vチューバー達磨』舞台挨拶レポート
映画『極道系Vチューバー達磨』が名古屋清水口のシアターカフェで公開中だ。 映画『 ...
-
39
-
パク・チャヌク監督の新作は今までとは一味も二味も違う大人の恋慕を描く(映画『別れる決心』)
2月17日から公開の映画『別れる決心』はパク・チャヌク監督の新作だ。今までのイメ ...