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『アフター・ザ・クエイク』ビジュアル

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「空っぽ」から始まる希望の物語-映画『アフター・ザ・クエイク』井上剛監督インタビュー

村上春樹の傑作短編連作「神の子どもたちはみな踊る」を原作に、新たな解釈とオリジナル要素を加えて映像化された映画『アフター・ザ・クエイク』。岡田将生、鳴海唯、渡辺大知、佐藤浩市を主演に迎えて紡がれる物語は、見る者を奇妙で美しい世界へと誘う。

監督は、連続テレビ小説「あまちゃん」、映画『その街のこども』など数々の話題作を手がけてきた井上剛。脚本には『ドライブ・マイ・カー』の大江崇允、音楽には『花束みたいな恋をした』の大友良英と、日本映画界を代表するクリエイターたちが集結。

本作は、NHK土曜ドラマ「地震のあとで」(2025年4月放送)に新たなシーンを加えることで4つの時代が結びつき、「テレビドラマ」から阪神・淡路大震災から30年という時代のうねりを映し出す1本の「映画」として生まれ変わっている。

映画の製作過程や撮影について井上剛監督に伺った。

『アフター・ザ・クエイク』 震災から30年の今だからこそ描きたかった現代性

Q. 25年前に刊行された村上春樹さんの短編集「神の子どもたちはみな踊る」が原作ですが、映画の物語は1995年、2011年、2020年を経て2025年という30年間という時代設定になっています。この時代設定にはどんな意図が込められていますか?

井上剛監督(以後 井上監督)
「阪神・淡路大震災から30年という節目の年に何かできないかなと相談している時に、プロデューサーが原作を持ってきてくれたのがきっかけでした。20年ほど前に原作を読んだことはあったのですが、改めて読み返してみた時に、すごく現代性を感じました。村上さんが震災と地下鉄サリン事件の二つの出来事から描いたこの小説には、30年経った今の時代に通じるものがあるなと。例えば、原作の第二章(アイロンのある風景)を2011年の東日本大震災に置き換えてみたり、第三章(神の子どもたちはみな踊る)を2020年のコロナ禍に置き換えてみたりと想像してみると、この物語は時代を超えて今に続いているように思えたんです。だから、原作をそのまま1995年の設定で描くのではなく、時系列を組み替えて、私たちに近づいてくるような一本の映画にしたいと考えました」

井上剛監督

井上剛監督

文学的な世界観を映像化する挑戦

Q. 原作の文学的な世界観や、起承転結が明確ではない短編集を映像化するにあたり、脚本の大江崇允さんとかなりディスカッションされたのではないかと思います。

井上監督
「原作をそのまま映像にしても伝えるのが非常に難しいですから、ディスカッションを重ねました。ドラマや映画でよくある起承転結といった物語の「型」があるわけではないので、何をお客さんに持ち帰ってもらうかということを一番大事にしました。例えば、原作の第二章を2011年に設定したのですが、堤真一さん演じる三宅は1995年に家族を亡くしているという背景があります。彼はその16年後にやっとその時のことを語れるようになるんですが、その翌日が3月11日なんですよね。劇中の彼らは明日何が起こるか知らないけれど、私たち観客は2011年を知っているので、この描き方ができるんです。この作品のタイトルは「震災のあと」を意味する『アフター・ザ・クエイク』ですが、それはもしかしたら何かの「ビフォア(前)」なのかもしれない、と感じさせるような進め方を意識しました」

©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

赤い廊下と地下鉄について

Q. 赤い廊下のシーンに込められたメッセージについて教えていただけますか?

井上監督
「赤い廊下は、人間の無意識下にあるものを映像として表現したものです。地下にあるものを描く必要があったので、物語を通して執拗に地下鉄を撮っています。
地下鉄の模型まで作って撮影したのは、カメラが入り込めない地下鉄を、生き物のように、そして不穏なものとして撮りたかったからです。その地下鉄が行き着く先が、この赤い廊下なんです。この赤い廊下は、もしかしたら地下で地震を起こそうとしているミミズくんのお腹の中なのかもしれないという風にも考えられます。ミミズくんは、人間の悪意や嫉妬といった悪いものを吸収してお腹が膨らんでいるという設定を持っています。そのお腹の中に、佐藤浩市さん演じる片桐を含め、色々な人がたどり着いたように見えるといいなと思いました」

「空っぽ」という言葉に込めたメッセージ

Q. 岡田将生さんや鳴海唯さんをはじめ、堤真一さんや渡辺大知さんなど、登場人物の多くに「空っぽ」という言葉が投影されているように感じます。この言葉に込めた監督のメッセージを教えていただけますか?

井上監督
「「空っぽ」はとても文学的で、本作の重要なテーマだと思っています。第一章では、主人公の岡田将生さんは「空っぽの箱」を持たされ、彼自身も「空っぽ」と呼ばれます。これは「中身がない」という意味だけでなく、「何かを失っている」ことを示しているのかもしれません。しかし見方を変えれば、それは想像の力であり、これから何でも入れることができる自由があるということかもしれません。人の心のあり方を象徴しているのが「空っぽ」という表現なのかなと思います。冷蔵庫が空っぽだったり、見る人によって自由に捉え方を変えられるようにしています。このようなモチーフは普通のドラマや映画にはあまり出てこないので、苦労もありましたが、面白いところでもありました」

セッションで生まれた映画の音

Q.地下鉄の音や各章で使用される音楽には印象的に楽器が使われていました。今回、音楽は「あまちゃん」からご一緒されている大友良英さんが担当されていますが、音楽へのこだわりについてお話いただけますか?

井上監督
「ドラマ版と映画版では、音楽の使い方が少し違います。ドラマは物語を見せることを重視しているので、1話45分に合わせた作り方ですが、映画は2時間で体感してもらうために、鳴らし方を変えています。印象的だったのは、渡辺大知くんがグラウンドで踊る第三章のシーンです。役者さんにとって、あのシーンを演じるのはとても大変です。どうやって気持ちを高めていけばいいか考えた結果、御殿場での夜中の撮影に大友さんを呼んで、即興で楽器を持ってきています、その場でセッションをすることにしました。2時間以上かけてセッションを続けて、あの大友さんのギターの音にたどり着きました。最初は人工音だけで音楽を作ろうとおっしゃっていた大友さんですが、このセッションを通じて、湧いてきたみたいで、人工音ではない劇伴をそれから作り始めました。映画では一つ一つの楽器の音が際立つような付け方になっていますが、それはこの日に大友さんが何かを感じて生まれたものだと思います」

©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

キャスティングと作品に込めたメッセージ

Q.今回のキャスティングは本当に豪華な顔ぶれですが、主人公の方々を選んだ理由を教えていただけますか?

井上監督
「理由はシンプルに、僕が好きな人たち、そして描きたい世界観に合うと思った人たちを選びました。あまり悩まずに決まりました。例えば、岡田将生さんには、「空っぽ」という言葉を表現してほしかったんです。「お前は空っぽだ」と言われ、観客にそう感じさせるような演技は非常に高度です。岡田さんなら内面で起きていることと、表面的な演技を分離して表現できるんじゃないかと思い、お願いしました。鳴海さんはナチュラルに撮りたいと思っていた作品だったので、色がついていない、役を作らない女優さんで、ちゃんと「空っぽ」を演じられる方をということでいい女優さんだと思い、選びました。渡辺大知さんは、ミュージシャンであることもあり、独特のアプローチをする役者さんなので、宗教二世という難しいテーマを咀嚼して、自分なりに表現してくれると思いました。哲学的な話を渋川清彦さんとしたり、最後のシーンで踊ることも含めて、彼ならできると。佐藤浩市さんは、助監督の渡辺さんが「カエルくんの相手役は佐藤浩市さんでどうでしょう」と提案してくれて、意外性があって面白いなと思いました。相手が人間ではないので、難しい芝居ですが、あえてそのお題を出してみたら面白いんじゃないかと。堤真一さんは、ネイティブな関西弁が必須だったので、堤さん以外は考えられませんでした。堤さんが実は一番最初に決まったキャスティングです。橋本愛さんは、東日本大震災をテーマにしたドラマ「あまちゃん」でご一緒した時に、彼女の表情だけで観客に何かを伝えられると感じたことが忘れられず、今回もお願いしました。震災の映像は観る人に辛い思いをさせてしまうこともあるので、彼女の表情だけでその空気感を伝えられたらと思いました」

©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

カエルくんのアフレコ制作秘話

Q. 「あまちゃん」のお話が出ましたが、のんさんのカエルくんがぴったりでした。アフレコはどのように行われたのですか?

井上監督
「のんさんをキャスティングした理由は、そのイノセントさと、彼女にしかできない役だと思ったからです。物語の流れの中で、周りの人々が揺れ動く中、カエルくんだけはブレずに戦わなければならないヒーローのような存在です。誰かのために行動するキャラクターであり、同時にユーモラスさも欲しかったので、のんさんにお願いしました。アフレコは「プレスコ」という手法で行いました。まず、のんさんに台本を読んでもらい、その声を現場で俳優さんたちに聞かせます。しかし、その声だけでは演技にならない部分もあるので、現場にはカエルくんの声を担当する俳優の望月めいりさんに来てもらいました。望月さんとカエルくんの間のコミュニケーションがうまくいかないと、芝居が混乱してしまうので大変でした。浩市さん、カエルくん、望月さんで作り上げたものが編集で完成した後、さらにのんさんにスタジオに入ってもらい、もう一度アフレコを行いました。そうすることで、佐藤浩市さんの演技に合わせて、のんさんの演技にも深みが増し、台本を読むだけでは生まれなかったものが生まれました」

©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ

希望の物語としての『アフター・ザ・クエイク』

Q. 本作のキャッチコピーに「先の見えない現在を生きる私たちが今見るべき希望の物語」とありますが、監督が作品に込めた希望とは何でしょうか?

井上監督
「震災の後の人々の物語ではありますが、誰もが生きることを諦めず、次に踏み出そうとしています。登場人物たちは皆、希望を持ちながら生きているように思います。特に、佐藤浩市さん演じる片桐の物語は、彼が自身の30年間を振り返り、意識の奥底にある忘れちゃいけない何かを取り戻そうと、日常に戻っていくという話です。そういったところに希望を感じます。この映画はたまたま4つのエピソードを取り上げていますが、観る人それぞれの物語がどこかにある気がします。この映画を観て、「自分だったらどんな物語があるだろう」と想像してもらうことができたらと思います」

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映画『アフター・ザ・クエイク』https://www.bitters.co.jp/ATQ/ はテアトル新宿、シネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー。
東海三県では10月3日(金)よりミッドランドスクエア シネマ、ユナイテッド・シネマ豊橋18、ミッドランドシネマ 名古屋空港、MOVIX三好、10月24日(金)より伊勢 進富座で公開。

岡田将生 鳴海 唯 渡辺大知 / 佐藤浩市
橋本 愛 唐田えりか 吹越 満 黒崎煌代 黒川想矢 津田寛治
井川 遥 渋川清彦 のん 錦戸 亮 / 堤 真一

監督:井上 剛
脚本:大江崇允 音楽:大友良英
プロデューサー:山本晃久 訓覇 圭 アソシエイトプロデューサー:京田光広 中川聡子
原作:村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫刊)より
製作:キアロスクロ、NHK、NHKエンタープライズ 制作会社:キアロスクロ
配給・宣伝:ビターズ・エンド

2025/日本/カラー/DCP/5.1ch/2.00:1/132分

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