
瞽女として生きた一人の女性の物語(映画『瞽女GOZE』)
日本には、盲人ながら三味線や胡弓を弾き唄い、巡業を生業とした女旅芸人がいた。「瞽女(ごぜ)」と呼ばれた彼女たちは、近世まではほぼ全国的に活躍し、20世紀には新潟県を中心に北陸地方などを転々としながら生活した。
10月23日から全国順次公開の映画『瞽女GOZE』では「瞽女(ごぜ)」として生涯を全うした女性・ハルの人生が描かれる。瞽女として生きるには想像以上の苦労、そして努力と修業の日々があった。
あらすじ
生後3ヶ月で失明したハルは2歳のとき父と死別。盲目であっても一人で生きられるようにと、それまで優しかった母・トメは、瞽女にすると決めた時から心を鬼にしてハルを厳しく躾ける。それは、母親が子を思う愛情の深さだった。だが、その母親の優しさに気がつかないまま8歳でフジ親方と共に初めて巡業の旅に出る。
苛酷な瞽女人生の中でハルは二人の親方から瞽女として生き抜く力と瞽女の心を授かっていく。様々な困難を経て親方になったハルは初めて幼い弟子ハナヨを迎え入れ、瞽女として生きていける様にと厳しく躾をするが・・・。
最後の瞽女・小林ハルの生涯
瞽女の歌声を現代まで残した人がいる。小林ハルだ。彼女は新潟県に生まれ、7歳で瞽女となった。この作品はその小林ハルの人生を描いている。瞽女としての稼業を引退した後、「瞽女唄」が「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」となり、その保持者として78才で認定され、翌年黄綬褒章も授与された。様々な苦難を乗り越えて、105才で死去するまでに、沢山の人に瞽女唄を聴かせた。
「いい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」
と彼女は語ったという。
針の穴に糸を通して裁縫をする、一人で荷造りするなど目が見えない状態では難しいことも目が見える人と同じようにできるようにと厳しく躾られ、瞽女の謳いに耐えられる強い喉を作るための寒行にも耐え、瞽女になってからも親方からのきつい仕打ちに耐え、生きぬいた小林ハル。世間に知られるまでは苦労が続いた人生だが、彼女は生きることをやめなかった。
この映画『瞽女GOZE』は小林ハルが語った沢山のエピソードの中から生まれた作品だ。
盲目で、色も光も知らず、日蔭者として暮らしていたハル。将来一人でも生きていけるようにと瞽女にすることを母親、祖父母達に決められたハル。
ハルの幼少期を演じるのは川北のん。自らの意思ではなく、突然瞽女になるために厳しい躾や修業をすることになり、困惑しながらも自らの運命を受け入れ、懸命に修業するハルを感受性豊かに演じている。諦めることなく雪の中寒行で声を出し続ける姿にハルの持つ強さを感じるだろう。
ハルの少女期から青年期は吉本実優が演じる。瞽女としての旅の道中、女性としては耐えられない苦しみを経験しても生きていこうとするハル。人との出会いがハルの瞽女唄を一層輝かせる。ひどい仕打ちをする親方、瞽女としての幸せを教えてくれた親方。人との出会いが自身の運命を変えていくことを悟り、一人では生きられない自分にはこれしかないという強い覚悟が芽生える。
娘の将来のために鬼の厳しさでハルに接する母・トメは中島ひろ子が演じている。目の見えないハルには鬼のようにしか見えないトメだが、鬼の態度の裏で涙を流す姿にトメのに母親としての愛情を沢山感じることになる。
ハルから発せられる言葉に心を痛める一方で、ハルの成長に涙する。トメの張り裂けそうな胸の内が名優・中島ひろ子の芝居から痛いほど伝わって来る。
今よりもずっと不自由な時代に瞽女として生きた女性たち。彼女たちは盲目の身だが、険しい山道を越え、山間部の集落に唄という娯楽を届ける女神だった。自身がどんなに辛くても、待っている人がいる限り唄い続ける。歌声には人生がにじみ出る。
どんなに辛くても、前を向いて生きる。
本作の終盤で小林ハル96才の時の瞽女唄を聴いたら涙が止まらなくなった。
瞽女唄には日本の心がある。多様性が叫ばれる現代だが、忘れ去られている日本の文化を知ることも必要なのではないかと感じた。
映画『瞽女GOZE』https://goze-movie.com/goze.htmlは10月23日からシネ・リーブル池袋他で全国順次公開。
東海三県では10月24日から名演小劇場で公開。
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