60歳・タクシー運転手、名画を盗む(映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』)
2021年9月、『ノッティングヒルの恋人』で知られるロジャー・ミッシェル監督が惜しまれながら65歳で逝去した。日本に届いた彼の長編遺作『ゴヤの名画と優しい泥棒』は大胆にも盗んだ名画で高齢者を救おうとした男の物語だ。
あらすじ
世界中から年間600万人以上が来訪、2300点以上の貴重なコレクションを揃えるロンドン・ナショナル・ギャラリー。1961年、この世界屈指の美の殿堂からゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。前代未聞の大事件の犯人は、なんと60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン。孤独な高齢者がTVに社会との繋がりを求めていた時代に盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりして彼らの生活を少しでも楽にしようと企てたのだ。しかし、事件にはもう一つ隠された真相があった。

国営放送、受信料を払わないと逮捕される
公共放送だと受信料を払わなければならないというルールは日本だけではなかった。
1961年当時、イギリスの公共放送(BBC)はテレビがある世帯から受信許可料を徴収していた。しかも払わないまま視聴していると罰金刑や禁固刑が科せられるほどの厳しさだったという(まだ我が国は平和かもしれない)。払うのが当たり前と思われた受信許可料について、異を唱えた男がいた。働くことが出来ない高齢者達の生活を圧迫しているから、年金受給世代について免除してほしいと街頭で訴え、自身も受信許可料を払わず、2度禁固刑。それでも諦めずに運動を行った男の名はケンプトン・バントンという。そんなケンプトンは名画を盗んで、その身代金で受信許可料の肩代わりを考えたが……。
ちょっと変わっているけど愛すべき人、ケンプトン
弱者が幸せかどうか。彼の天秤はそこにある。間違っていると思うことは相手に率直に指摘する。相手がどんなに大きな権威を持っていても構うことなく向かって行く。自分がそれで仕事をクビになっても、逮捕されてもめげず、BBCを観ているなら受信許可料を払えと家にやってきた警察を煙に巻くお茶目な饒舌さも持ち合わせている。自身の執筆活動を精力的に行い、様々な社会活動に出掛けていく。自分のことより周りの貧しい人たちを救うことに奔走するため、家族はいるが経済面ではあまり……いや全く役に立てていない。何事にもなんとかなると楽天的、どこかちょっとズレているところもあるが、弱い人のために一肌脱ごうとするケンプトンの姿は、言いたいことも言えない私からすると非常に清々しく、羨ましくて、どんどん惹かれていく。
泥棒騒動の中で描かれる家族の物語
ケンプトンの代わりに家計を支えるのは妻のドロシー。夫の行動に釘を刺すこともあるが、基本的には容認し、自分が働いて家計を支える。子どもたちを育てあげたが、亡くした長女の死は受け入れることが出来ず、墓参りに行かない。ケンプトンは妻には何も言わず、長女の死を戯曲にして忘れないようにしようとし、ドロシーの代わりに長女の墓に通ってぼやく。違うベクトルではあるが、長女を思う気持ちは同じ。長年一緒に生きてきた二人だからこそ、気持ちがわかっているから言えず、普段はそつなく生活する。そんな絶妙な距離感を名俳優二人が作り上げている。名俳優二人とはジム・ブロードベンドとヘレン・ミレン。ジム・ブロードベンドは『アイリス』でアカデミー賞助演男優賞を受賞。その後も『ムーラン・ルージュ』、『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ、『ハリー・ポッター』シリーズや『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』など多数出演作がある。ヘレン・ミレンはエリザベス2世を演じた『クィーン』でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞はじめ数々の賞で主演女優賞を受賞。近年も『黄金のアデーレ 名画の帰還』や『ワイルド・スピード』シリーズに出演している。イギリスが誇る実力派俳優の2人が作り出す空気感がどう変化していくか。泥棒騒動と並行して夫婦の様子が描かれていく中で、特に中盤以降のドロシーの心の動きに注目したい。

イギリスで本当に起こった実話から製作された映画。
泥棒として、裁判に出たケンプトンは何を語るのか。そして隠された真相とは?
映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』https://happinet-phantom.com/goya-movie/ は2月25日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他で全国公開。 東海3県では伏見ミリオン座、ユナイテッド・シネマ豊橋18、TOHOシネマズ(赤池、岐阜)、ミッドランドシネマ名古屋空港で2月25日より公開。
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