
EntaMirage! Entertainment Movie
生きろという命令に従った30年(映画『ONODA 一万夜を越えて』
15年ほど前、テレビでオンエアされた実録ドラマを観て、小野田少尉の長い戦争を知った。終戦から30年あまり、フィリピンの島で戦い続けていたという事実が驚きでしかなかった。
実在の旧日本軍兵士・小野田寛郎氏を題材にした映画『ONODA 一万夜を越えて』が10月8日から公開される。全編日本語で、キャストも日本の役者が起用されているのだが、実は日本で製作された作品ではない。
フランス出身、新鋭のアルチュール・アラリ監督が、フランスで出版された小野田少尉の自伝「ONODA 30 ans seul en guerre(原題)」(Bernard Cendoron 著)を原案にフィクションとして製作。第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でのオープニング作品として上映され、15分に及ぶスタンディングオベーションが起こった。先に公開されたフランスでも高い評価を得た作品が、日本に凱旋する。
あらすじ
太平洋戦争末期の1944年。特殊訓練を受けていた小野田寛郎に、ある命令が下る。それはフィリピン・ルバング島で援軍部隊が到着するまでゲリラ戦を指揮せよというものだった。出発前に上官の谷口から「君たちには、死ぬ権利はない」と言い渡された小野田は、その言葉を守って終戦後もジャングルで身をひそめていた。やがてそんな彼の存在を知った旅行者の青年が、ルバング島の山奥に会いに行く。
冒頭、目を閉じていく小野田の表情を捉えるカメラアングルにまず、心を持って行かれた。
小野田という男はなぜ30年も戦い続けたのか。戦争という緊迫感の中、諜報員として命令に従い生きる長い年月。自身でも「教育された」と小野田は言う。「潔く散れ」と言われていた時代で「生きろ、あきらめるな」と教育されたのは悪いことではないのだが、「命令は絶対、最後まで遂行すること、死ぬことも許されない」と強迫的に叩き込まれ、一人の絶対的な上官の命令が彼の心を終わらない戦いに縛りつけた。
戦争は終わったとラジオの情報からわかっていたかもしれない。戦いは終わっていないと自身が想像した陰謀を信じて、生きるための略奪と戦闘を繰り返し、小塚と二人で長い年月を生き延びる。
キャストはオーディションで選ばれた。アルチュール・アラリ監督自身が役者として活動していることもあり、演技力ある役者達が見極められ選ばれた。役者達はその人物になり、その場にいる。あの場所であの時を生きた男達の姿を再現する。二人の役者が、一人の青年期と壮年期を演じる。幼少期と青年期を二人で演じることはよくあるが、一人で出来そうな時代を敢えて二人で演じる演出にしたのが憎い演出だ。それが30年という時代をしっかりと物語り、観る側に30年の長さと登場人物の心の変化を感じさせる。小野田の青年期は『それでも、僕は夢を見る』などの遠藤雄弥、壮年期は『山中静夫氏の尊厳死』や様々な作品で印象を残す津田寛治が演じる。小野田と一番長く一緒にいた小塚の青年期は『由宇子の天秤』でも強い印象を残した松浦祐也、壮年期は『おかえりモネ』に出演中、演出家としても活動する千葉哲也。特に壮年期の小野田と小塚のやりとりには同志を超えた絆を見ることができる。小野田に会いに行くバックパッカー・鈴木には『泣く子はいねぇが』の仲野太賀、小野田達から離れ投降した赤津には主演作『ミュジコフィリア』が待機中の井之脇海と若手俳優陣の演技にも注目したい。
特筆すべきは小野田に命令した上官・谷口役のイッセー尾形。戦時中の小野田達を見事な語り口で洗脳していく姿と戦後の姿の変化に戦争という大義の恐ろしさを感じずにはいられない。
自身の中の戦争とずっと戦い続けた小野田
投降した赤津の話を聞き探索にやってきた日本の捜索隊の前に投降しなかったのはなぜだろう?
鈴木の前で泣いたのはなぜだろう?
ラストで小野田が島を見ながら泣くのはなぜだろう?
小野田は30年という長い潜伏の中、死と常に隣り合わせの危険を感じながら極限状態で生きてきた。いつ終わりがくるのか、いつ終わらせようかと考えたこともあるのではないか。仲間を失いながら彼は自分自身と長い間戦ってきた。その心の揺らぎを感じずにはいられない。
戦争は続いている。
今も世界のどこかで小野田少尉のように常に死と隣り合わせの極限状態で毎日を過ごす人がいることを忘れてはならない。
『ONODA 一万夜を越えて』https://onoda-movie.com/
は10月8日(金)よりTOHOシネマズ日比谷他で全国公開。
東海3県ではTOHOシネマズ(赤池、岐阜)、ユナイテッド・シネマ豊橋18、名演小劇場で10月8日より公開。
おすすめの記事はこれ!
-
1
-
ロイヤル劇場存続をかけてクラウドファンディング開始! 【ロイヤル劇場】思いやるプロジェクト~ロイヤル、オモイヤル~
岐阜市・柳ケ瀬商店街にあるロイヤル劇場は35ミリフィルム専門映画館として常設上映 ...
-
2
-
第76回 CINEX映画塾 映画『波紋』 筒井真理子さんトークレポート
第76回CINEX映画塾『波紋』が7月22日に岐阜CINEXで開催された。上映後 ...
-
3
-
岐阜CINEX 第17回アートサロン『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』トークレポート
岐阜CINEX 第17回アートサロン『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクシ ...
-
4
-
女性監督4人が撮る女性をとりまく今『人形たち~Dear Dolls』×短編『Bird Woman』シアターカフェで上映
名古屋清水口のシアターカフェで9月23日(土)~29日(金)に長編オムニバス映画 ...
-
5
-
映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』公開記念 アルノー・デプレシャン監督舞台挨拶付き上映 伏見ミリオン座で開催決定!
世界の映画ファンを熱狂させる名匠アルノー・デプレシャンが新作『私の大嫌いな弟へ ...
-
6
-
自分の生きる道を探して(映画『バカ塗りの娘』)
「バカ塗りの娘」というタイトルはインパクトがある。気になってバカ塗りの意味を調べ ...
-
7
-
「シントウカイシネマ聖地化計画」始動!第一弾「BISHU〜世界でいちばん優しい服〜」(仮)愛知県⼀宮市にて撮影決定‼
株式会社フォワードがプロデュースし、東海地方を舞台にした全国公開映画を毎年1本ず ...
-
8
-
エリザベート40歳。これからどう生きる?(映画『エリザベート1878』)
クレオパトラ、楊貴妃と並んで世界の三大美女として名高いエリザベート皇妃。 彼女の ...
-
9
-
ポップな映像と音楽の中に見る現代の人の心の闇(映画『#ミトヤマネ』)
ネット社会ならではの職業「インフルエンサー」を生業にする女性を主人公に、ネット社 ...
-
10
-
豆腐店を営む父娘にやってきた新たな出会い(映画『高野豆腐店の春』)
尾道で小さな豆腐店を営む父と娘を描いた映画『高野(たかの)豆腐店の春』が8月18 ...
-
11
-
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』11/10(金)より名古屋先行公開が決定!海外展開に向けたクラウドファンディングもスタート!
映画『フィリピンパブ嬢の社会学』が 11月10日(金)より、ミッドランドスクエア ...
-
12
-
『Yokosuka1953』名演小劇場上映会イベントレポート
ドキュメンタリー映画『Yokosuka1953』の上映会が7月29日(土)、30 ...
-
13
-
海外から届いたメッセージ。66年前の日本をたどる『Yokosuka1953』名古屋上映会開催!
同じ苗字だからといって親戚だとは限らないのは世界中どこでも一緒だ。 「木川洋子を ...
-
14
-
彼女を外に連れ出したい。そう思いました(映画『658km、陽子の旅』 熊切和嘉監督インタビュー)
42才、東京で一人暮らし。青森県出身の陽子はいとこから24年も関係を断絶していた ...
-
15
-
第75回CINEX映画塾 『エゴイスト』松永大司監督が登場。7月29日からリバイバル上映決定!
第75回CINEX映画塾 映画『エゴイスト』が開催された。ゲストには松永大司監督 ...
-
16
-
映画を撮りたい。夢を追う二人を通して伝えたいのは(映画『愛のこむらがえり』髙橋正弥監督、吉橋航也さんインタビュー)
7月15日ミッドランドスクエアシネマにて映画『愛のこむらがえり』の公開記念舞台挨 ...
-
17
-
あいち国際女性映画祭2023 開催決定!今年は37作品上映
あいち国際女性映画祭2023の記者発表が7月12日ウィルあいちで行われ、映画祭の ...
-
18
-
映画『愛のこむらがえり』名古屋舞台挨拶レポート 磯山さやかさん、吉橋航也さん、髙橋正弥監督登壇!
7月15日ミッドランドスクエアシネマにて映画『愛のこむらがえり』の公開記念舞台挨 ...
-
19
-
彼女たちを知ってほしい。その思いを脚本に込めて(映画『遠いところ』名古屋舞台挨拶レポート)
映画『遠いところ』の公開記念舞台挨拶が7月8日伏見ミリオン座で開催された。 あら ...
-
20
-
観てくれたっていいじゃない! 第10回MKE映画祭レポート
第10回MKE映画祭が7月8日岐阜県図書館多目的ホールで開催された。 今回は13 ...
-
21
-
京都はファンタジーが受け入れられる場所(映画『1秒先の彼』山下敦弘監督インタビュー)
台湾発の大ヒット映画『1秒先の彼女』が日本の京都でリメイク。しかも男女の設定が反 ...
-
22
-
映画『老ナルキソス』シネマテーク舞台挨拶レポート
映画『老ナルキソス』の公開記念舞台挨拶が名古屋今池のシネマテークで行われた。 あ ...
-
23
-
「ジキル&ハイド」。観た後しばらく世界から抜けられない虜になるミュージカル
ミュージカルソングという世界を知り、大好きになった「ジキル&ハイド」とい ...
-
24
-
『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシク久しぶりの映画はワケあり数学者役(映画『不思議の国の数学者』)
映画館でポスターを観て気になった2本の韓国映画。『不思議の国の数学者』と『高速道 ...
-
25
-
全編IMAX®️認証デジタルカメラで撮影。再現率98% あの火災の裏側(映画『ノートルダム 炎の大聖堂』)
2019年4月15日、ノートルダム大聖堂で、大規模火災が発生した。世界を駆け巡っ ...
-
26
-
松岡ひとみのシネマコレクション 映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』 阪元裕吾監督トークレポート
松岡ひとみのシネマコレクション 映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』が4月1 ...
-
27
-
映画『サイド バイ サイド』坂口健太郎さん、伊藤ちひろ監督登壇 舞台挨拶付先行上映レポート
映画『サイド バイ サイド』舞台挨拶付先行上映が4月1日名古屋ミッドランドスクエ ...
-
28
-
第72回CINEX映画塾 映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』足立紳監督トークレポート
第72回CINEX映画塾が3月25日岐阜CINEXで開催された。上映作品は岐阜県 ...
-
29
-
片桐はいりさん来場。センチュリーシネマでもぎり(映画『「もぎりさん」「もぎりさんsession2」上映+もぎり&アフタートークイベント』)
センチュリーシネマ22周年記念企画 『「もぎりさん」「もぎりさんsession2 ...
-
30
-
カンヌ国際映画祭75周年記念大賞を受賞したダルデンヌ兄弟 新作インタビュー(映画(『トリとロキタ』)
パルムドール大賞と主演女優賞をW受賞した『ロゼッタ』以降、全作品がカンヌのコンペ ...
-
31
-
アカデミー賞、オスカーは誰に?(松岡ひとみのシネマコレクション『フェイブルマンズ』 ゲストトーク 伊藤さとりさん))
松岡ひとみのシネマコレクション vol.35 『フェイブルマンズ』が3月12日ミ ...
-
32
-
親子とは。近いからこそ難しい(映画『The Son/息子)』
ヒュー・ジャックマンの新作は3月17日から日本公開される『The Son/息子』 ...
-
33
-
先の見えない日々を生きる中で寂しさ、孤独を感じる人々。やすらぎはどこにあるのか(映画『茶飲友達』外山文治監督インタビュー)
東京で公開された途端、3週間の間に上映館が42館にまで広がっている映画『茶飲友達 ...
-
34
-
映画『茶飲友達』名古屋 名演小劇場 公開記念舞台挨拶レポート
映画『茶飲友達』公開記念舞台挨拶が2月25日、名演小劇場で開催された。 外山文治 ...
-
35
-
第71回 CINEX映画塾 映画『銀平町シネマブルース』小出恵介さん、宇野祥平さんトークレポート
第71回CINEX映画塾『銀平町シネマブルース』が2月17日、岐阜CINEXで開 ...
-
36
-
名古屋シアターカフェ 映画『極道系Vチューバー達磨』舞台挨拶レポート
映画『極道系Vチューバー達磨』が名古屋清水口のシアターカフェで公開中だ。 映画『 ...
-
37
-
パク・チャヌク監督の新作は今までとは一味も二味も違う大人の恋慕を描く(映画『別れる決心』)
2月17日から公開の映画『別れる決心』はパク・チャヌク監督の新作だ。今までのイメ ...