
夫婦のやり取りに笑いがこみ上げる 映画『喜劇 愛妻物語』濱田岳さん 水川あさみさんインタビュー
悲喜こもごもという言葉がある。結婚し、家族として暮らしていると様々な喜怒哀楽がある。結婚して10年。子どもも5歳になった売れない脚本家と家計を支える妻。倦怠期を迎えた2人のやりとりを描いた『喜劇 愛妻物語』。
仕事がなくうだつが上がらない夫・豪太だが、定期的に妻とセックスがしたい!という気持ちが止まらない。あの手この手で近づくが、妻・チカはその夫をひたすら倦厭し、罵倒する。
脚本、監督は足立紳。自身の経験を基に描かれたこの話は夫婦のやりとりが非常に面白い。その夫婦を演じたのが濱田岳さんと水川あさみさん。お二人に役作りについてや撮影エピソードを伺った。
Q.いろんな夫婦の形がありますが、この作品に出てくる夫婦の印象をどのように捉え、役作りされたんでしょうか?
濱田さん
「最初にある夫婦の物語として台本を読んだ時にはかなりパンチのある夫婦だなと思いました。ただ水川さんと日々夫婦をやっていく上で気持ちが変化していったのは決して不幸な二人ではないということ。これだけ毎日喧嘩を繰り返していても次の瞬間に離婚届を出しに行くようには思えないというか。こういう夫婦が不幸と決めつけるのはちょっと違う価値観だなと思って。この二人にはこの二人にしかわからない夫婦というのが成立しているなと。役作りの作業としても誰が観ても豪太はダメな男なので、まず僕が豪太のことを好きになってあげるという作業をしなきゃいけないと思い、豪太のいいなと思えるところ、素敵だなと思えるところを見つけていきました。日常に埋もれてしまっていたけど掘り返していくとやっぱりチカちゃんのことが好きなんだろうなっていう部分を見つけることが出来ましたし、起きてから寝る直前まで怒鳴られ、なじられていても生きていくその図太さ。それは人として豪太の魅力の一つだなと。そういうところから豪太を好きになっていって撮影に臨みました」
水川さん
「夫婦においては監督ご夫妻がモデルになっていることもあって実録的な所もフィクションである所もあるんですが、これを映画にしようとする監督の心意気が凄いなというのが第一印象です。豪太役は誰なんだろうと待っていたら、岳君がやると。だったらもう私はドンとぶつかって思う存分罵声を浴びせればきっとヘラヘラしてくれるんだろうなと安心して撮影に臨みました」
Q.豪太については足立監督が一番身近な手本になると思いますが、監督のしぐさを参考にされましたか?
濱田さん
「僕も水川さんもそうでしたが、読み合わせをした時に、足立監督から「僕ら夫婦をなぞれということではなく、別のストーリーのキャラクターとして捉えて欲しい」と言われたのでそれは別物として捉えました。ただト書きに「にやにやする、ヘラヘラする」と書かれているんですが、なぜこの状況でこの男はニヤニヤヘラヘラ出来るんだ?という疑問はあったんです。そういう時に監督がモニター横でニヤニヤヘラヘラしていたりとか、演出について聞きに行った時もなぜかわかりませんがニヤニヤしていて。「なんで笑っているんだろう?」という瞬間があったんです(笑)。監督と毎日過ごして日常のしぐさを見られたことは本当に豪太をやっていく上で助かったなと思います。監督のニヤニヤヘラヘラはすごく参考にしました」

©2020『喜劇愛妻物語』製作委員会
Q.チカのマシンガントークがすごかったんですがポイントにしたことは?
水川さん
「チカはひたすら怒っているし、暴言を吐いているので、とてもエネルギー値の高い人。ずっと燃えているというか。だから自分がバテないようにしなきゃなと思っていました。あふれ出てくる罵声がとても感情的なんですよね。辻褄も合っていないし。女性特有だと思うんですが、昔の話を出してきたりとか。そしてどんどんそのマシンガントークが止まらなくなるのでセリフを噛まないようには気を付けていました。岳君が豪太として完璧なお芝居を返してくれているということなんですが、暴言を浴びせれば浴びせるほど豪太がその罵倒をすり抜けてくるので余計にチカがイラつくという悪循環がありますね(笑)」
Q.豪太のモデルは足立監督ご自身なので直接監督に聞けたと思いますが、チカのモデルの奥様について監督からどのような女性と説明されたんでしょうか。奥様から直接もしくは間接的に聞けたことはありますか?
水川さん
「監督から一番最初に「僕や奥さんを演じて欲しいわけではない。脚本の中の豪太とチカであって欲しい」と言われました。脚本が素晴らしいんです。監督と奥様が掛け合いをして作っているから、夫婦のやり取りにブレがない脚本なのでそれを信じてやっていきました。自宅のシーンは実際に足立家で撮影させてもらったんですが、その時に奥様と初めてお会いしてご挨拶させていただきました。実際に何か言われたことはなかったんですが、見ているとお互いがお互いの悪口をこっそりみんなに言っている。この豪太とチカという夫婦の片鱗を現場のいろんなところで垣間見るということがありました(笑)」

©2020『喜劇愛妻物語』製作委員会
Q.足立監督からどん底の頃の気持ちや心持ちを聞かれたりされましたか。将来についてもがいている部分もありながらチカとセックスしたいという思いもなかなか強かったですね。
濱田さん
「足立監督はご夫婦のいろんな経験をお話してくださるんですが、決して後ろ向きなことを言う人ではないんです。苦労しただろうなと思うことを前向きに面白おかしくお話してくださるので昔の苦労話を聞いたという感じは全然しなかったです。そんな前向きな人が執筆した脚本だからこそああいう豪太というキャラクターが生まれたのではないかと足立監督とお話をしている中で思いました。妻とイチャイチャしたいというのも映画冒頭のナレーションから明け透けに話していますが、チカちゃんに朝から晩まで叱られているので仕事をどうにかしよう。チカちゃんにモテたいから働くという感じが豪太にはしますね」
Q.今年はコロナ禍という特殊な状況になりました。この時期にこの映画が公開されることに対してのお気持ちは?
濱田さん
「みんながお家の中で我慢するときがあって、今までの日常でなかなか感じることのないストレスを感じていたと思います。その直後なので僕らが演じた夫婦の環境に似た思いをした方もいらっしゃると思います。コロナ禍になる前よりその分共感していただける方が増えているのではないか。より僕らのことを笑ってくれる人が増えたのではないかと前向きに考えています。そしてコロナ禍で映画館に足を運ぶという行為が怖いと思われている方もいると思いますが、僕ら夫婦のドタバタを指さして大いに笑っていただいて結構という映画なので、映画を観る第一歩にはもってこいの映画だと思います」
水川さん
「実際自粛期間があって自分たちが思ったような動きが出来ず制限される生活で、映画館に行くという日常の中の当たり前の楽しみが当たり前に出来なくなってしまったわけですよね。自粛が明けてから私も映画館に行ったんですが、映画館で映画を観るということにグッときました。一つの映画館の中でみんなが一つの映画を観る。全く知らない人たちが一つの場所に集まってその映画を観て共感するというすごい空間なのにそのことを忘れていたんだと思って。コロナ禍の前に当たり前にやっていた、何でもないことがすごく大切だということに気づいたり、自分にとってどういう価値のあるものだったのかと向き合った時間でした。この映画を映画館で上映できるということは嬉しくもあり、「沢山の人に観て欲しいです」となかなか言えないこの状況がすごく辛いですが、映画館に縁があって観に来てくださった方にはこの映画を観て、思う存分笑っていただいて映画の楽しみ方を再認識していただけたら嬉しいなと思います」

©2020『喜劇愛妻物語』製作委員会
Q.脚本家でもある足立監督ならではの演出や記憶に残る面白いエピソードがあれば教えてください。
濱田さん
「僕の中での足立監督のすごいディレクションは一番最後の家族がバラバラになるかもしれないという長回しシーンでト書きに「泣く豪太」と書いてあって。この涙の意味を監督に聞きに行ったんです。いろんな思いを積み上げて泣きたかったので。そうしたら「この危機的状況をうやむやにしようとしています」と返ってきて。「なぬ!うやむや?」と思っていたら 「うやむやにして丸め込もうとしています」と監督から返ってきて言葉を失いました。あんまりなので撮影中のチカちゃんの言葉や表情を思い出してあのシーンは臨みました(笑)。うやむやにしようとしているというのが豪太らしくて。これは自分で脚本を書いた監督でないと説明できない強力なワードだなと思いましたね」
水川さん
「私は一つハッとしたことがあって。ホテルにチカが裏から忍び込んで、寝ている豪太達の所に入っていってすごい勢いで怒るシーンがあるんですが、テンションMAXの状態で怒って、服を脱いで一人でお風呂に浸かるんです。そのシーンではとてつもなく怒っているので自分もお芝居でテンションが上がっていて、その後豪太に「ビール取って」と言うんですがそこもそのままの怒ったテンションで言っていたんです。そうしたら監督がきて「「ビール取って」は怒らないでください」と。始めは何言っているんだろう?と思ったんですけど、夫婦の日常ってこういうことだなと思って。豪太とチカもそうですが、さんざん喧嘩したり、言い合ったりしてなんだかんだしても次の瞬間には一緒に食卓を囲んでご飯を食べたり、一緒の寝室で寝たりと同じ家の中で暮らしているわけで。もちろん女性なので感情的なところもありますが、お風呂に入って少し環境が変わったことで「ビール取って」を優しく言うことは出来る。芝居ではない日常に近いところの感覚のヒントをもらったような感じがしました」
Q.殺伐とした夫婦関係の中で娘のアキの存在がすごく効いていたと思うんですが、良い親子関係をどんな風に撮影現場で作り上げていかれたんでしょうか。
濱田さん
「新津ちせちゃんは子役ではなく色々な現場を経験されているひとりの俳優さんです。彼女が水川さん、濱田さんと呼ぶのは容易いはずなんですけど、撮影中ずっとどんな時もママ、パパと呼んでくれて。カットがかかっても僕らは家族でいるんだという家族感を生み出してくれたのはちせちゃんの力だと思います。そしてこの夫婦のやりとりに挟まれているアキという少女をちせちゃんなりに理解してあそこに立ってくれたおかげで喜劇になったなと思います。もし、あの子が不幸な表情をしていたら、不快に思う方も多かったと思います。この夫婦の間で気丈にちゃんと育っている娘をちせちゃんが演じてくれたおかげで僕らのやりとりを笑えるものにしてもらえたかなとか思います」
Q.ご自身から監督に提案されたことはありましたか?
水川さん
「最後の方の川沿いのシーンで、本当に夫婦関係の危機じゃないかというシーンが出てきますが、その前にチカが無言でずっと歩いているんですね。豪太が近寄ってきたら「触らないで」と言うんですが、このセリフがいつものように罵声でとト書きに書いてあったんです。監督としてはきっとそういうテンションだったと思うんです。でも、自分の中で頑張っていた部分だとか、色々なものがガタガタと崩れ落ちそうな状況の中であのシーンに行き着くので、いつもとは違うと豪太にわかるようなテンションにした方がいいんじゃないかと提案しました。監督も「それでやってみましょう」と」
Q.演じた役に対して共感出来るところはありましたか。
濱田さん
「演じて体感したんですけど、よく豪太は朝から晩まで怒鳴られ続けても平気でいられるなと台本を読んで思っていたんですけど、撮影で水川さんと「おはようございます」と挨拶して帰るまで僕も怒鳴られ続けているんですね。もしハートの弱い俳優だったら部屋から出てこられないような日々だったと思うんですけど、何か僕は意外と豪太と図太さがシンクロしていたらしく、「昨日の「死ね」より大分ブラッシュアップされたいい「死ね」だな今日は」とか色々冷静に受け取れるようになってきて。その図太さが幸か不幸かシンクロしてしまったので、チカちゃんを怒らせたり、水川さんを苛立たせることに結果なってしまいました(笑)」
Q.監督が続編も作っていけたらとおっしゃっていましたが、続編のオファーが来たら受けますか?もし引き受けた場合、夫婦でこんなことがしたいとか挑戦してみたいというような構想はありますか?
水川さん
「そんな夢のような話があるなら是非やりたいなと思いますし、監督自身の面白いエピソードはすごく沢山ご夫婦で持っているので、いくらでもネタがあるとおっしゃっていました。いろんなストーリーが作れると思うんですね。ロケ中にみんなでご飯を食べる機会があった時もいろんな話を伺うことが出来たので、あんな話もこんな話も出来たらいいなと思います。どんなシチュエーションがいいかは…」
濱田さん
「夫婦漫才は外せないですよね」
水川さん
「夫婦漫才をするという話があって。これは絶対やってみたいと思います」
濱田さん
「僕としても『水川あさみ、濱田岳不仲で続編不可能』となるまで続けて行きたいと思います!」

©2020『喜劇愛妻物語』製作委員会
Q.昨年の東京国際映画祭で上映されましたが、観た方からの評判を聞いてどんな風に思われていますか?
濱田さん
「素直にお客様の反応が観られたのは僕らも東京国際映画祭でした。この映画が六本木ヒルズの映画館のスクリーン7でかかるなんて思っていなかったんです」
水川さん
「一番大きいスクリーンだったんです」
濱田さん
「そうそう。貧乏ったらしい僕らの映画がかかるなんて思っていなかったので一生の記録と思って暗くなってから客席で観させていただいていたんですね。もう本当に外国の映画館で観ているみたいな反応で、日本の映画館では体験出来ない反応がありました。お客様が声を出して笑ってくれる。あれは事実としてとっても嬉しかったです。国際映画祭といいつつ日本の方が多い中で慎ましい感じで観るのがマナーみたいな日本人が、声を出して笑ってくれるというのは涙が出るくらい嬉しい出来事でした。素直にこれを手応えと呼んでいいと思える出来事でもあったと思います。どなたが観ても笑えるものが喜劇だと思うんですね。熟年カップルだから笑えるというのは喜劇ではない。題名に喜劇と銘打っている以上、付き合っているカップルでも独身の男性でもどなたにも笑える瞬間があると思います。2軒、3軒先のご夫婦を覗き見する感覚で観て、大いに指を指して笑っていただいていいと思います。笑ってもらって素敵なご夫婦になるための踏み台になれば。反面教師でこいつらみたいにならないぞと思っていただいていいです。とにかくあの夫婦を笑ってあげてください。そうすればあの2人は凄く昇華されます。喜劇と銘打って自信を持ってどなたにも楽しんでいただける作品です」
映画『喜劇 愛妻物語』http://kigeki-aisai.jp/ は9月11日(金)より全国公開。
おすすめの記事はこれ!
-
1
-
「空っぽ」から始まる希望の物語-映画『アフター・ザ・クエイク』井上剛監督インタビュー
村上春樹の傑作短編連作「神の子どもたちはみな踊る」を原作に、新たな解釈とオリジナ ...
-
2
-
名古屋発、世界を侵食する「新世代Jホラー」 いよいよ地元で公開 — 映画『NEW RELIGION』KEISHI KONDO監督、瀬戸かほさんインタビュー
KEISHI KONDO監督の長編デビュー作にして、世界中の映画祭を席巻した話題 ...
-
3
-
明日はもしかしたら自分かも?無実の罪で追われることになったら(映画『俺ではない炎上』)
SNSの匿名性と情報拡散の恐ろしさをテーマにしたノンストップ炎上エンターテイメン ...
-
4
-
映画『風のマジム』名古屋ミッドランドスクエアシネマ舞台挨拶レポート
映画『風のマジム』公開記念舞台挨拶が9月14日(日)名古屋ミッドランドスクエアシ ...
-
5
-
あなたはこの世界観をどう受け止める?新時代のJホラー『NEW RELIGION』ミッドランドスクエアシネマで公開決定!
世界20以上の国際映画祭に招待され、注目されている映画監督Keishi Kond ...
-
6
-
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』の呉美保監督が黄金タッグで描く今の子どもたち(映画『ふつうの子ども』)
昨年『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が国内外の映画祭で評価された呉美保監督の新作 ...
-
7
-
映画『僕の中に咲く花火』清水友翔監督、安部伊織さん、葵うたのさんインタビュー
Japan Film Festival Los Angeles2022にて20歳 ...
-
8
-
映画『僕の中に咲く花火』岐阜CINEX 舞台挨拶レポート
映画『僕の中に咲く花火』の公開記念舞台挨拶が8月23日岐阜市柳ケ瀬の映画館CIN ...
-
9
-
23歳の清水友翔監督の故郷で撮影したひと夏の静かに激しい青春物語(映画『僕の中に咲く花火』)
20歳で脚本・監督した映画『The Soloist』がロサンゼルスのJapan ...
-
10
-
岐阜出身髙橋監督の作品をシアターカフェで一挙上映!「髙橋栄一ノ世界 in シアターカフェ」開催
長編映画『ホゾを咬む』において自身の独自の視点で「愛すること」を描いた岐阜県出身 ...
-
11
-
観てくれたっていいじゃない! 第12回MKE映画祭レポート
第12回MKE映画祭が6月28日岐阜県図書館多目的ホールで開催された。 今回は1 ...