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朝のルーティーンこそが桐島を唯一表現できる場所 (映画『「桐島です」』毎熊克哉さんインタビュー)
2024年1月26日、末期がんで入院した男は、「最期は本名で迎えたい」と自身は指名手配犯の桐島聡だと名乗った。報道から3日後、警察に全てを話すことなく男はこの世を去った。
49年という約半世紀に及ぶ逃亡の末に亡くなったこの男は、東アジア反日武装戦線「さそり」の元メンバー・桐島聡。彼はどんな逃亡生活をしていたのか。
7月4日から伏見ミリオン座、刈谷日劇他で公開される映画『「桐島です」』は桐島聡のミステリアスな逃亡生活を描く。桐島を演じるのは映画『ケンとカズ』(2016)で注⽬されて以来、映画・ドラマで活躍し続け、今年は主演作『初級演技レッスン』も公開された毎熊克哉。『夜明けまでバス停で』(2022)で第96回キネマ旬報ベスト・テン日本映画監督賞、脚本賞を始め数々の映画賞を受賞した脚本家・梶原阿貴と⾼橋伴明監督のコンビが桐島の逃亡生活をシナリオ化。
本作で20代から70歳で亡くなるまでの桐島聡を演じ切った毎熊克哉さんに名古屋でお話を伺った。
Q.社会的に実に大きな衝撃を与えた桐島聡を演じるにあたって、どのようなことを意識されましたか。
毎熊克哉さん(以後 毎熊さん)
「ある意味僕でも顔と名前は浮かぶ有名人です。2024年1月にニュースになって、この映画の撮影が2024年の7月、公開が2025年7月なので、ものすごいスピードでした。すごく難しい役だなという最初の印象がありました。その事件についてや、桐島はどんな人だったのかを調べてもわからなかったんです。大道寺(将司)はある程度の思想もわかりますし、書籍が出ている登場人物についてもわかるんですが、桐島には全くないというのが難しいなと思いつつ、だから映画にして探っていくというのが面白いところなんだろうなと思いました。わからないなりに自分はこのキャラクターをどう想像して演じていくか。もちろん脚本が元にありますが、どう捉えていくのかが役者としての楽しみなのかなと思いました」
Q.20代から70代までという、約半世紀にわたる桐島聡の人生を1人で演じる上で、気をつけたことはありますか。
毎熊さん
「役作りも外側から作り上げていく時と、内側から作り上げていく時と、役によって違うんですが、今回は外側から入るものはあまりなかったです。髪型や老けメイクは、ヘアメイクさんがしてくださることで、それも1つの役作りではありますが、それは自分の努力というより、イメージを共有して、この方向で行こうと作ってもらっている感じです。自分のやったことという意味では、特にこういう風に笑おうとか、歩こうとか、そういうことは強くはやっていなくて。逆に内側から作るとなると、桐島の場合は材料が少ない。実際いた人物なのに、役を演じる上で役立つような人物像のヒントはなく、全部想像になっているので、どうしようかなとずっと考えていましたが、脚本には関係者に取材された上で、実際の事実として残っているところと、そうではないフィクションの部分の両方がありました。脚本を読んでいって、そこに匂ってくるキャラクターの持つ心理と、何も色濃く残っていないキャラクターということをヒントとして、きっと率先して何かをやる人物ではなかったんだろうと考えました。爆弾闘争をしようという話の時に、「あれは良くない、結局自分達が人を殺したら意味がないんだ」という思いで実行したのに、自分が仕掛けた爆弾でケガ人が出た時にものすごく落ち込んでいたとか、そういうところもヒントになりました。そして、なぜ捕まらなかったのかというところで、限りなく普通の人だったというイメージを持っていたので、撮影に入る前の味付けを薄味にしようと。役作りで自分の勝手なイメージの味付けをいっぱいするとそれが邪魔してしまうこともあります。なので極力、この撮影の日々で何を感じるのかで演じようと。かなり怖い入り方ですね。作り込んで入るというより、ベースはこんな感じで、あとはそのシーンで何を感じていくのか。そこに集中して、慎重にパズルをはめていくという感じでした」

毎熊克哉さん
Q.朝のルーティーンの場面がすごく良かったです。
毎熊さん
「そこが1番大事だと思っていました。ああいうところに説明しがたい人間性が見えてくるなと。恋愛っぽい雰囲気のシーンや、会社の人、隣の人との付き合いの中でも、桐島の柔らかさが見えて情報としてわかりやすいものはあるんですが、何もない部屋、何も起きないただの朝のルーティーンこそが、この人物を唯一表現できる場所だったなと思って。あとは長さですよね。ずっとその生活を繰り返したんだと。長さの中の波だったりとか、そういうものはそこでしかできなかったので、あそこが良かったと言っていただけるのは嬉しいですね」
Q.基本的に受ける芝居が多かったと思います。周りの方がいて、それに対して桐島がどう思うかという反応が出ている作品だと思うんですが、一番自分の中で気持ちが溢れたシーンはどこでしょうか。
毎熊さん
「それは多分映画本編に割とわかりやすく入っていて、その時には何か事が起きています。そこを除けば、窓を開けた風景ですね。先ほどお話した朝のルーティーンのシーンについては脚本を読んでいる時は全然大事なシーンとは思っていませんでした。暮らし始めた家の窓を開けたら本当に風が吹いていて、外を見たら普通に向こうに車が走っていたりするんですが、警察もいないし、風も気持ちいいし、なんかいい朝だなあと思ったんです。いろんなシーンを経て、もう1回、その窓を開けるシーンが来た時、今度はやけに光が眩しかったんです。それをすごく苦痛に感じたりするとは想像していなかったんですが、やっぱり生もので。曇っていたら、あるいは最初に風が吹いていなければそうは思わなかったかもしれないんです。そういうことが良い想定外でした。脚本の段階ではわからなかったすごくひそやかな桐島の心の動きというのは多かったです。コーヒーの味もそうですが、飲むとホッとするコーヒーもあれば、苦く感じるコーヒーもあれば、なんか気だるいなと思うものもある。脚本の段階では想像しきれなかったですが、現場でようやくその感覚が体に入ってきました」

©北の丸プロダクション
Q.桐島の盟友であり、先輩でもあった宇賀神寿一役の奧野瑛太さんの撮影現場での様子やお二人でどんな話をされたのかを教えてください。
毎熊さん
「いい言葉選びなのかわからないんですが、気合が入っているなと思いました。多分いろんな事情があったと思うんですが、実際に頭を一部分だけ剃ったりとかしていて。それは日常生活ではかなり困る髪型なんですよ。宇賀神も若い時から70代まで一人で演じるので、そういうところを含めても、ものすごく役者として気合が入っているなと思いました。桐島と宇賀神の盟友というか、仲間というか、そのあたりの感覚が今の親友や友達とは間違いなく違うだろうということは二人で話しました。ただ同じ志を持った者、あるいは同じ罪を背負った者。そういう意味では、他の誰かと共有できないものを共有していたということはあります。必要以上に近すぎない距離感でいたと思うよねという話をしました」
Q.キーナ役の北香那さんとのライブシーンもあります。北さんとは一緒に練習されたんですか?
毎熊さん
「ギターを練習しなくてはいけないという意味で同じプレッシャーを背負っていたので、撮影の前から同じ日に集まって練習して一緒に歌ったりしていました。「大変ですよね」「頑張りましょう」と声を掛け合って、お互い励みになりました。二人とも同じ日にギター演奏シーンを撮影して、ちょっと緊張しながら弾いていました」

©北の丸プロダクション
Q.桐島とキーナをつないだ「時代おくれ」という歌も一緒に練習されましたか。
毎熊さん
「時代おくれ」という楽曲に決まったのは撮影のちょっと手前で、それより1ヶ月前ぐらいからギター指導の方に来ていただいて他の楽曲を北さんと一緒に練習していましたが、僕と北さんはこの曲(「時代おくれ」)では弾くギターコードが違うので、途中からは別々に練習することになりました。曲の内容はかなりこの映画で大きな意味を持っています。序盤にある「桐島くん、時代遅れだと思う」と彼女に言われて振られるセリフも、楽曲が決まってから追加されたような気がします」
Q.あやしい隣人役の甲本雅裕さんとのシーンも多かったですね。撮影時のエピソードを教えてください。
毎熊さん
「実は甲本さんとは地元もほぼ一緒で。甲本さんは岡山で、僕は福山なので、本当に近所で方言も一緒なんですよ。甲本さんもそれを知っているので、割と方言で喋ってくださいますし、事務所も一緒で、役者としても先輩なので、すごく心強かったです。現場の時も一番喋ったかもしれないです。「ギターもずっと練習していて、そんなに弾けるんだったらもう大丈夫じゃないか、(桐島はギターを始めたばかりという設定なので、)むしろそれ以上上手になったらダメなんだ」と言ってくださったり、一緒に食事に行ったりしました。甲本さんもすごくストイックに常に役のことを考えていらっしゃる方なので、奧野さん同様、距離感についてはすごく話しました」

©北の丸プロダクション
Q.毎熊さんは映画の学校に通っていたとお聞きしました。
毎熊さん
「広島から上京して映画の学校に3年行きました。自分で脚本を書いて、絵コンテも描きました。脚本を自分で書いているので、役のイメージがあるんですね。学校の中の俳優になりたい人がオーディションで配役されるんですが、言葉を選ばずにいうと、俳優になりたい18歳、19歳の方たちなので、演技が上手じゃないわけですよ。その方に対して、演技をやったこともない自分が「もっとこういう風にしてほしい」とすごく説明していた気がするんです。自分も「こんな感じ」とか言って動いちゃって(笑)。そういうことを3年の間で何作品か撮る中でやっていって、「いや、これはいかんな」と。何も演出できないなと思ったんです。それで俳優になりたいというより、ちょっと演技の勉強をしてみるぐらいの気持ちで、映像での演技をできる環境に身を置きました。それで初めて行った映画の現場が高橋伴明監督の現場だったんです。その時はあまり細かく演出のことは分からなかったんですが、そこからずっと演技をやってきて、自分が俳優として演出を受けた時にめちゃくちゃ理解できた、すごいなと思った瞬間は、言葉での説明じゃなかったんですよ。「こういう風にしてほしい」と僕が学生の頃にやっていたような方法ではなくて、現場に行ったら演技が出来る環境がセッティングされている方法だったんです。もしかしたらこれは個人差があるかもしれません。ここに座ったら、ただ前を見るだけでいい。ただそれだけで、このシーンで自分が感じるやるべきことと、それ以外のことがわかってくる。シンプルな言葉でわかるというのは、自分の中で俳優をやって初めてわかった演出のすごさでした」
Q.今回の高橋伴明監督の演出はどんな感じだったのでしょうか。
毎熊さん
「高橋伴明監督はそれの極みのような方です。カメラマンの方に短い指示を出したその言葉を僕も聞いていて、それだけで僕も真の意図を理解する。だから本当に「こうやって」と言わないんですよ。「俺は何もしないからな」と伴明監督本人もおっしゃっていますが、言わなくても現場に入ればすごくいろんなことがわかるんです」
Q.現場で感じながら桐島を演じていく中で「逃げている」という思いをずっと抱えているとはどんな感じなのでしょうか。
毎熊さん
「序盤逃げたての時はすごく警戒していますし、基本的に何か危険な時は警戒はするんですが、四六時中警戒していたわけじゃないかもなって僕は思ったんです。もちろん指名手配されているのは理解しているし、偽名で生活していますが、1日全く忘れていた日とかもあるんじゃないかなと。これが最初の1年とかだったら、割とずっとびくびくしていた可能性はあるんですが、3年、5年、10年、20年と経ってくると、あまりにも長すぎるので、自分が逃亡者であることを忘れている瞬間が結構あったんじゃないか。そしてふと襲いかかってくるのかなと。女性に好意を伝えられて、本気でこの人と向き合いたいなと思った時、本当に向き合うための自分の本性は明かせないわけで、そこで初めて実感したり、警察の姿を見かけた時にそう思ったり。人間、緊張状態ってずっと続かないです。緊張感が抜けたり高まったり、抜けたり高まったりしていた気がします」
内田洋として生きてきた長い時間。桐島聡は一体どんな生活を送っていたのか。桐島の優しさが見えてくる作品だ。ずっと逃げていた。幸せを求めることは出来ない生活だったと思う。しかし、静かな朝というささやかな幸せは誰よりも知っていたかもしれない。
映画『「桐島です」』 https://kirishimadesu.com/ は7月4日(金)から全国順次公開。東海三県では伏見ミリオン座、イオンシネマ名古屋茶屋、刈谷日劇、イオンシネマ豊川で公開。
キャスト:
毎熊克哉
奥野瑛太 北香那 原田喧太 山中聡 影山祐子 テイ龍進 嶺豪一 和田庵
伊藤佳範 宇乃徹 長村航希 海空 安藤瞳 咲耶 長尾和宏
趙珉和 松本勝 秋庭賢二 佐藤寿保 ダーティ工藤
白川和子 下元史朗 甲本雅裕
高橋惠子
監督:高橋伴明 製作総指揮:長尾和宏
企画:小宮亜里 プロデューサー:高橋惠子、高橋伴明
脚本:梶原阿貴、高橋伴明 音楽:内田勘太郎 撮影監督:根岸憲一 照明:佐藤仁 録音:岩丸恒
美術:鈴木隆之 衣装:笹倉三佳 ヘアメイク:佐藤泰子 制作担当:柳内孝一 編集:佐藤崇
VFXスーパーバイザー:立石勝 助監督:野本史生 ラインプロデューサー:植野亮
制作協力:ブロウアップ 配給:渋谷プロダクション
製作:北の丸プロダクション
2025年/日本/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/日本語/105min
映倫区分:G
©北の丸プロダクション
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