
涼夏のこれが今ツボ。その③ 『HER MOTHER』
ある日のことだ。
映画館ではなくとあるオーディション会場で
オーディションの終わった役者たちに「今日から上映です。」と
ニコニコしながらチラシを渡して映画を宣伝する男性が二人いた。
渡されたチラシの写真に見覚えがあった。
『HER MOTHER』
SNS上で友人が東京で観に行って面白いと言っていた作品だった。
予告編を見て気になっていたが
名古屋ではしばらく後の上映だからその時にと考えていた作品だった。
男性の一人は出演者で主人公の夫役の西山由希宏さん。
もうひとりはヘアメイクの村山さん。
シネマスコーレでの舞台挨拶のために
名古屋に来て、オーディションがあると聞いて
その会場に宣伝に来ておられるとのこと。
私がなぜそこにいたのか。
私もまだ役者の道を完全に諦めたわけではない。
オーディションを受けにいっていたのだ。
オーディションを終わったこともあり、私の取材魂に火がついた。
これもひとつのご縁。
映画を見る前だったが撮影の話を聞いた。
「湖に顔をつけられるシーンがあったんですけど、冬で寒かったですね。」
と明るく気さくに話していた西山さんだが作品の中では大変重要なポジションであり、
話していたときとは全然違う印象だった。さすが役者だ。

主人公の夫を演じる西山由希宏さん。チラシを持って写真撮影に応じてくれた。映画本編では妻とはまた違う感情を持つ。重要な役柄だ。
舞台挨拶の時間が迫って戻っていかれたので
これぐらいしか聞けなかった。
映画を見てからまたしっかり色々聞きたかった。
あらすじ
43歳のビジネスウーマン・晴美。
2年前に嫁いだ娘・みちよが突然帰って来た矢先、
婿の孝司がやって来てみちよを殺してしまう。
晴美夫妻は極刑である死刑が相当と考えた。
孝司は殺されそうになって殺したと主張する。
証拠はみちよの携帯にあるという。
事件から6年、最高裁まで上告した孝司は
晴美に会いたいと弁護士を通して伝えてくる。
その頃から晴美は孝司の死刑を止めようと考え始める。
監督がテーマにしたのは被害者家族と加害者の和解
監督は佐藤慶紀さん。
愛知県半田市出身でフリーランスのTVディレクターをしながら
自主映画を撮影している。
今回は監督が以前企画のためにリサーチした
被害者家族が加害者と和解しようとした事例をテーマにし、
被害者家族の抱く思いと罪に対する本当の極刑は何かを考えさせてくれる。
自主映画でありながら釜山映画祭ニューカレント部門に
正式出品されたのを皮切りに海外で評価されたこの作品は配給会社の目にとまり、
全国の映画館での上映が決定した。
目には目を 歯には歯を が許されない世の中で
娘を奪われた悲しみもあり、晴美はどこかで真実に蓋をしてしまった。
娘との会話を心にしまいこんでしまった。
真実を知ろうと思えばもっと早く出来たはずなのに。
6年経ってその蓋は少しずつ開けられる。
突然の出来事で娘を失った空虚感や容疑者への怒りは
誰にもわかってもらえない。
長年一緒に過ごしている夫でさえ全く同じ気持ちではない。
娘にされたことを同じように孝司に与えたい
と訴える晴美夫妻の思いはわからなくもない。
思いの強さゆえに親戚との溝が出来てしまう部分も描かれている。
当事者にしかわからない苦しみ。
はたしてそれは経験しなかったものに理解できるものなのか。
どんな事情があったにしろ命を奪うことはしてはならない。
となると、死刑も同じことではないのか。
という世間の考え方がある今、死刑という極刑は
デリケートな扱いとなり、判決でもそう簡単には出ない。
復讐ができない今の時代。被害者家族の怒りや悲しみはどこに向かうのか。
許すとはどういうことか
死刑という罰は果たして本当に一番重い刑なのだろうかと
見ながら考えていた。
晴美の夫の「許す」と晴美の死刑判決を翻してほしいという上申書は
決して同じではないし、晴美は本当に許してはいない。
映画は観た人のものでどう思うかは自由だが
今回主人公・晴美が死刑を止めようとする行為は
どの思いからなのだろうと私は考えながら観た。
簡単に死を与えず、生きて苦しみを感じてほしいと思ったからなのか、
今生きている自分と同じようにあの時のことを忘れず生きてほしかったのか。
それとも。暗証番号がわからず見ることができない娘の携帯電話の中身を
なんとなく予想していたからなのか。
これから観に行く方には考えてほしいところだ。

シネマスコーレにて
集まった役者たちは演技派。
主演は名古屋を中心に活動している西山諒さん。
劇団「パンジャーボンバーズ」の座長だ。
周りを固める役者陣も劇団所属や舞台を中心に活動している方たちだ。
確かな演技力がある役者陣のやりとりは
感情がリアルに伝わってくる。
娘の死後、少しづつずれていく夫婦が痛い。
お互い辛いはずなのに後悔の抱き方のズレに心がヒリヒリする。
被害者と加害者の母親の会話があるのも通常では考えられないが
この二人のシーンは台詞以上に二人の間で複雑な思いが感じられるので
しっかりと観ていただきたい。
シネコンで上映している映画以外にもしっかりと作られている作品は多い。
むしろ自分が撮りたいものを撮っているのは
自主映画や単館で上映されている映画の方が多い。
ミニシアターにも足を運んでほしい。
映画『HER MOTHER』(https://www.hermother-movie.com/)は
現在新宿K's cinema、名古屋シネマスコーレで上映中。
(ともに10月6日まで。シネマスコーレは毎日14時10分からの上映)
今後は大阪・シネ・ヌーヴォで10月7日より、
長野・上田映劇で10月28日より公開
おすすめの記事はこれ!
-
1
-
もう一人の天才・葛飾応為が北斎と共に生きた人生(映画『おーい、応為』)
世界的な浮世絵師・葛飾北斎と生涯を共にし、右腕として活躍したもう一人の天才絵師が ...
-
2
-
黄金の輝きは、ここから始まる─冴島大河、若き日の物語(映画 劇場版『牙狼<GARO> TAIGA』)
10月17日(金)より新宿バルト9他で全国公開される劇場版『牙狼<GARO> T ...
-
3
-
「空っぽ」から始まる希望の物語-映画『アフター・ザ・クエイク』井上剛監督インタビュー
村上春樹の傑作短編連作「神の子どもたちはみな踊る」を原作に、新たな解釈とオリジナ ...
-
4
-
名古屋発、世界を侵食する「新世代Jホラー」 いよいよ地元で公開 — 映画『NEW RELIGION』KEISHI KONDO監督、瀬戸かほさんインタビュー
KEISHI KONDO監督の長編デビュー作にして、世界中の映画祭を席巻した話題 ...
-
5
-
明日はもしかしたら自分かも?無実の罪で追われることになったら(映画『俺ではない炎上』)
SNSの匿名性と情報拡散の恐ろしさをテーマにしたノンストップ炎上エンターテイメン ...
-
6
-
映画『風のマジム』名古屋ミッドランドスクエアシネマ舞台挨拶レポート
映画『風のマジム』公開記念舞台挨拶が9月14日(日)名古屋ミッドランドスクエアシ ...
-
7
-
あなたはこの世界観をどう受け止める?新時代のJホラー『NEW RELIGION』ミッドランドスクエアシネマで公開決定!
世界20以上の国際映画祭に招待され、注目されている映画監督Keishi Kond ...
-
8
-
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』の呉美保監督が黄金タッグで描く今の子どもたち(映画『ふつうの子ども』)
昨年『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が国内外の映画祭で評価された呉美保監督の新作 ...
-
9
-
映画『僕の中に咲く花火』清水友翔監督、安部伊織さん、葵うたのさんインタビュー
Japan Film Festival Los Angeles2022にて20歳 ...
-
10
-
映画『僕の中に咲く花火』岐阜CINEX 舞台挨拶レポート
映画『僕の中に咲く花火』の公開記念舞台挨拶が8月23日岐阜市柳ケ瀬の映画館CIN ...
-
11
-
23歳の清水友翔監督の故郷で撮影したひと夏の静かに激しい青春物語(映画『僕の中に咲く花火』)
20歳で脚本・監督した映画『The Soloist』がロサンゼルスのJapan ...
-
12
-
岐阜出身髙橋監督の作品をシアターカフェで一挙上映!「髙橋栄一ノ世界 in シアターカフェ」開催
長編映画『ホゾを咬む』において自身の独自の視点で「愛すること」を描いた岐阜県出身 ...
-
13
-
観てくれたっていいじゃない! 第12回MKE映画祭レポート
第12回MKE映画祭が6月28日岐阜県図書館多目的ホールで開催された。 今回は1 ...