僕の知らないもう一つの森田家(映画『向こうの家』西川監督インタビュー追加)
2019/09/20
食卓というのは家族の雰囲気がわかる場所だ。
家族四人で朝ご飯を囲む、幸せな家庭に見える風景がこの映画でも最初の方のシーンに入ってくる。
毎日仕事で疲れて帰って来る父の話を聞いてあげる母、「夫に尽くす妻、妻に何でも話す夫」の姿になぜ男女がいつまでも喧嘩をせず住めるのかが息子の萩には疑問でしかない。そんな光景を毎日見ながら萩は自分の家は幸せな家族だと思っていた・・・。
自分の父親が浮気していることを知り、しかも「別れてと頼んで欲しい」と言われたら、あなたは父親の愛人に会いに行くだろうか。
ええじゃないかとよはし映画祭2019グランプリを受賞、主演の望月歩が第19回TAMA NEW WAVEベスト男優賞受賞するなど、日本各地の映画祭で話題となり、好評を博した『向こうの家』が遂に劇場公開される。

高校の部活の廃部をきっかけに不登校という自主休みを決行していた森田萩はある日、父から愛人の存在を知らされ、さらに別れてくれるように説得してほしいと頼まれてしまう。愛人の家に向かった萩は自分の知らないもう一つの森田家で父とお揃いのキーホルダーがついた鍵を持つ愛人の瞳子と出会う。
大人への階段を上りつつある男子高校生・萩の視点から父親の浮気が描かれるが、「浮気は絶対に許せない」と考えている人物を主人公にしていないのがこの作品の面白さだ。もう一つの森田家で瞳子と接している父親を見ながら、萩は自分が気がついていなかった大人の様々な駆け引きを知ることになるのだが、父親のいない時間の愛人・瞳子と萩の時間だけ観れば、萩を成長させるプライベートレッスンを観ているようにさえ感じる。

ついドロドロにしがちなテーマだが、見えないものが見えてくる男子高校生の立場で描かれている事が興味深い。何気ない家族の一言が観終わってみると意味深なものだと気づく人もいるだろう。どこか逆に爽やかさも感じてしまう不思議な映画だ。
監督は東京藝術大学大学院で黒沢清監督、諏訪敦彦監督に師事し、本作が初長編作となる期待の新鋭監督、西川達郎。スタッフも学生でありながらレベルの高い作品が出来上がっている。
キャスト陣の演技も見所だ。主人公・萩を演じるのは映画『ソロモンの偽証』でデビューし、『3年A組‐今から皆さんは、人質です』での演技も記憶に新しい望月歩。もう一つの家を守る瞳子と過ごすことで、複雑に絡む大人の事情に触れ、自らも成長していく主人公を繊細に演じている。
愛人の瞳子役には映画『娼年』にも出演している大谷麻衣。前面にではなくしっとりと醸し出される色気が大人の色気を感じさせる。
二つの家で様々な顔を見せる父親・芳郎役には『心魔師』の生津徹。瞳子のことを気にかける近所の男性として名優でんでんも出演している。

若手の西川監督が手掛けた本作。なぜこの題材に取り組もうと思ったのか。
西川監督に伺った。
西川達郎監督インタビュー
Q.『向こうの家』は父の浮気相手に会いに行く主人公を描いていますが、なぜこの題材を撮ろうと思ったのでしょうか?
西川監督
ずっと、少年が成長する話を描きたいと思っていました。でも、大きな壁にぶつかったり、何かに挑戦するという話ではなく、もっと大人たちの事情を知り、今まで知らなかったことを知ったり、見えてなかった事が見えるようになる事で成長していくという事を描きたいなと思っていました。
特に大人の恋愛のようなものは子供からは見えない部分で、瞳子さんのような立場で年上の女性は高校生からすると遠い存在で、そういった存在と交流を持つ少年を描く事で、ある種の成長を描けるのではないかと思ったのがきっかけです。
Q.撮影場所はおそらく逗子方面だと思うのですが、もう一つの森田家をこの家に決めた理由は?
西川監督
まさしく逗子が撮影場所で、この家は逗子にある宿泊が出来る古民家になります。
高台にあって長い階段と和洋折衷が特徴の建物なのですが、主人公、萩にとっては遠い存在である瞳子の象徴であり、また長い階段を一段一段上るのは萩が一歩ずつ成長する事の象徴でもあります。また不倫を描いていますが、愛人の瞳子の存在が萩にとっては単純に善悪の問題に分けられない、混ざっているという事の意味も重ねて、和洋折衷な部分も魅力的だったので、この家にしました。
Q.音楽が作品の美しさを際立たせているように感じますが、何か音楽担当の方に指示を出されたのでしょうか?
西川監督
音楽担当の大橋には、アコースティックギターを中心にナチュラルな音作りをお願いしました。
なるべく大仰な音にならないよう、ギター以外で重ねる楽器の種類もしぼってもらいました。
特にメインテーマの録音時には、ギター奏者の方のかすかなノイズや息づかいもなるべく残す形で、仕上げてもらいました。
静かに物語は進んでいくが、男と女というのは本当に複雑な生き物なんだとじわじわと考えさせてくれる。
映画『向こうの家』http://www.imageforum.co.jp/theatre/movies/2815 は2019年10月5日(土)より渋谷シアターイメージフォーラムで公開。
監督・原案:西川達郎/出演:望月歩(『ソロモンの偽証』、『3年A組‐今から皆さんは、人質です』、大谷麻衣、生津徹、南久松真奈、円井わん、植田まひる、小日向星一、竹本みき、でんでん
プロデューサー:関口海音/脚本:川原杏奈/撮影:袮津尚輝/照明:小海祈
美術:古屋ひな子/サウンドデザイン:三好悠介/編集:王晶晶/音楽:大橋征人
製作:東京藝術大学大学院映像研究科
2018年/日本/82分/カラー/アメリカンビスタ
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