
『悪と仮面のルール』玉木宏インタビュー「幸せの感覚」
この世に災いをなす絶対的な悪=“邪”になるために
創られた存在だと父から告げられた11歳の久喜文宏。
父が自分を完全な“邪”にするために、
初恋の女性・香織に危害を加えようと企てていることを知り、
父を殺害して失踪する。
十数年後、文宏は顔を変え、新谷弘一という別人の仮面をつけ、
あらゆる手を使って香織を守りはじめる。
中村文則原作の衝撃作『悪と仮面のルール』が実写化。
監督は中村哲平。いくつものCMやPVを手がけてきた新鋭監督が、
圧倒的な演出で原作の雰囲気をそのまま映画化している。
文宏役で自身の様々な闇を抱えながら愛する女性を一途に守る男を演じるのは、
映画・舞台など幅広いジャンルで活躍する玉木宏。
香織役には今年立て続けに連続ドラマに出演している新木優子。
金目当てで文宏に近づくテロ組織のメンバーに吉沢亮、
文宏の過去を知る異母兄の幹彦役には中村達也、
新谷としての文宏の前に過去の事件がらみで現れる刑事に柄本明。
全体に長回しのシーンが多く、役者陣の一つ一つの繊細な表情の変化が
場面の鍵を握っている。
主演で名古屋市出身の玉木宏さんが来名。役作りや作品について伺った。
Q.たくさんの作品に出演されていますが、この作品は新境地的な作品に感じます。
玉木さん自身の中での作品の位置付けはどうなんでしょうか。教えてください。
玉木さん
「昔、東野圭吾さん原作の『変身』(2005年)という作品に出演したことがあります。
自分の頭に犯罪者の脳を移植される二重人格のような役は演じていたので
それを考えればそれほど新境地というわけでもないです。
ただし作品としては今の時代にはチャレンジングな作品だと思っています。
段々倫理という観点で作品作りが難しくなっている中で
特殊でダークな作品に今どこまでチャレンジできるのだろうと思っていました。
監督は同学年ですし、若い力でどこまでできるか試しながら作った作品です。」
Q.邪の男を演じるための役作りはどんな感じで行ったんでしょうか。
玉木さん
「仮面がタイトルについていますが、別人の顔に整形して生きていくというのは
想像するしかできないわけです。
文宏は邪として育てられてきたけれども邪にはなりきれなかった。
非常に中途半端な人間ですが、地に足はついている。でも心が弱い人間だと思うんです。
だから整形で別人の顔に変えてしまう。
ただそこへ突き動かしたのは香織への思いがあるからこそなので、
結果的にはこの作品はラブストーリーだと思います。
香織といる時だけ文宏の想いが溢れてしまう、
それが重要だと考えて、最後のシーンに照準を合わせて演じていきました。」
Q.監督とはどのようにやり取りして役を作っていったんでしょうか。
玉木さん
「中村監督は原作を相当読み込まれていて、この作品に対する熱い熱量を
お持ちの方だったんですが、どういう風に撮られる方なのか
僕もわからないまま現場に入ったんです。
「このシーンでは文宏ならどのようにこの場にいると思いますか?」
と聞いてくださる監督でした。
今まで出演した作品の監督だと「こういう風にいてください。」と言われて、
そこから想像を働かせて撮影に臨むことが多かったのですが、
こちら側に考える余地を与えてくださいました。
他の演者さんにも同じように聞いていらっしゃいましたが、
現場でリハーサルを繰り返してどういうアングルで撮るかというのを
瞬時に考えて形にしてくれる方でした。
中村監督は編集まで全てご自分で手掛けられました。
責任を持って最後まで自分の手で仕上げるんだ、
という気持ちの強い方でした。」
Q.玉木さんのアイディアも取り込まれていったということですね。
玉木さん
「そうですね。僕の周りで整形をした方はいなかったので、
どういう状態になるのだろうと自分で想像した時に、
手に入れたばかりの顔は動かしにくいだろうと考えました。
そういう違和感を作りたいと考えて包帯を巻く直前に鍼灸師の先生に
顔中に針を打ってもらい、撮影に臨みました。
それと原作にはたばこの描写が非常に多いのですが、
台本にはそれほど書かれていませんでした。
普段はポーカーフェイスな人でも、整形をしている人でも、
心の中と目というのは変わらないと思うんです。
だから今までの癖というのは出てきてしまうと思うし、
動揺するとたばこを吸う仕草が変わったりするのではと考え、
たばこを吸う描写を増やしてもらいました。」
Q.香織とのシーンは少年のようなかわいらしさも見えて印象に残ったんですが
香織とのシーンはどんな意識で演じられたんでしょうか。
玉木さん
「文宏にとって香織は全てだったと思うし、彼女に出会っていなければ
邪として育てられて完全に邪になっていたと思います。
彼女がいるからこそ理性が働いて善悪の間で揺れ動いたんだと思います。
そして彼女しか知らないし、他の恋愛はしていないと思うので
すごくピュアである必要性がありました。
童心ではないですが、彼女への想いはまっすぐでということはずっと思っていました。」
Q.共演者の方と一対一のシーンが多いですがどの方との印象が強かったですか。
玉木さん
「凄みを感じたのは柄本さんですね。本当の刑事に見えてしまう感じというか。
話している言葉と目の奥で考えていることが違う感じというか。
圧倒的な存在感でやはり怖さは感じましたね。」
Q.中村達也さんとのシーンも緊迫感がありました。
玉木さん
「作品の中でも核となるような部分だと思いますし、非常に長いシーンだったので
撮影日の午前中をリハーサルだけに費やしました。
二人だけのシーンだし、映像的には何が起こるかわからない怖さがあって大変でした。
でも撮影に入ってしまえばあっという間でしたね。」
Q.原作者の中村文則さんは愛知県東海市出身で現場にも来られたと聞きました。
原作や原作者へどんな印象を持たれましたか。
玉木さん
「原作の世界は強烈すぎて。これを書いた人は幸せな家庭に生まれてこなくて
今も幸せではないだろうと勝手に思いこんでいて。
どんな人がこれを書いたのかと思いながら現場でお会いした時に失礼ながら
「幸せですか?」と尋ねてしまって(笑)
そうしたらとても明るい方で。ではどうしたらこんな世界観が
生まれるのかなと思ったのですが
「幸せな状態でなければこういう作品は逆に生まれないと思います。
不幸せだったら書きたいと思わないと思います。」とおっしゃられて。
どこからどう組み合わせたらこのような話が生まれるのか興味が湧いて
「書きながら登場人物の顔ははっきり想像できるんですか?」と聞いたら
それはパーツでしか浮かんでこないと。目や口のイメージを頼りに
人物を動かしていくような書き方をされるらしくて、無音の場所でしか書きあげられないので
少しずつ1年くらいかけて書かれるそうなんですが
書いている間はずっと作品のことを考えているので心が休まらないそうです。」
Q.香織とのシーンの中では車中のシーンが原作通りですごくよかったです。
それ以外にも原作通りのシーンが多く原作を読んだ方には
嬉しいのではないかと思います。
玉木さん
「あのシーンは脚本では空港のロビーだったんです。
閉鎖的な空間でのシーンが多かったのに、空港のロビーだと開放的で
あまりにも晴れやかになりすぎている気がしました。
多くの人が行き交う場所では香織との二人の空間にはならない気がして、
「原作に近いような形で車の中でできないですか?」
とお願いしてシチュエーションを変えていただきました。
撮影的に、ミラー越しの会話を撮るというのはとても難しいのですが、
結果的には変えていただけてよかったと思っています。
車の中というある意味密室の中だからこそ心を決めてドライブをした
文宏の気持ちが伝わるわけですし、原作を読んでもすごく好きなシーンだったので
そこをどうにかとお願いしたところ監督はそれを形にしてくれました。
新木さんとは、リハーサルで「こういう気持ちになりますよね?」
という確認だけをして撮影に入り、いい緊張感の中で撮影出来ました。
他のシーンについてもそうですね。吉沢亮さんも中村文則さんの原作が大好きで
みんなあの世界観を大事にしたいという思いがそれぞれにあって、
いかに原作に近づけて映画にするかというところにこだわりながら
作ることができたと思います。」
Q.作品内で語られる「幸福とは、閉鎖だ」が
まさに最後の車中のシーンになったと思います。
玉木さんとしてはこの「幸福とは、閉鎖だ。」
とは何だと思いますか。この言葉から考えることはありましたか?
玉木さん
「実はそれを先日中村文則さんとお話しさせてもらったんですが、
結局答えが見つからないのが正直なところです。
うーん、例えていうならこういう仕事をしていても
あまり幸せになりすぎるといいものは生まれないんじゃないか。(笑)
不幸せであろうとは思わないですが、幸せになりすぎても
欲に欠けるところもあるのかなと。
欲深くあるためにあんまり満たしちゃだめだとどこか思っています。
そういうことを考えさせられる非常に印象的な言葉ではあるので
「幸福とは、閉鎖だ」って何だろう?
と思ってもらえるだけでも意味のある映画だと思います。」
Q.映画をこれから観る皆さんへメッセージをお願いします。
玉木さん
「善悪というものは曖昧なもの、法に触れてしまえば罪ですし、悪事でもある。
善悪というのは誰しもがきっと抱えているもので
ちょっとしたいたずら心とか、嫌だなと思う人への気持ちとかもそうだと思います。
それを抑えるのが理性であり文宏はそういうことに葛藤しながら生きている
「善悪って何だろう」ということが観てくださるお客様に届けばと思います。
それを考えながら見ていただくと結果的にはラブストーリーだったのかと気づくという
非常に奥行きのある静かな強い作品です。
じっくり作品に浸っていただければと思います。」
幸せの感覚は自分自身にしかわからない。
善悪の区別も他人と同じものさしではかれるものではない。
この作品を通して改めてそれを感じるのではないかと思う。
『悪と仮面のルール』http://akutokamen.com/は1月13日から新宿バルト9ほかで全国公開。
東海三県では愛知 センチュリーシネマ、ミッドランドシネマ名古屋空港、
ユナイテッド・シネマ豊橋18、MOVIX三好、
岐阜 大垣コロナシネマワールドで1月13日より公開中。
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