今だからずっと温めてきたこの映画を撮りたい(映画『山中静夫氏の尊厳死』村橋明郎監督インタビュー)
自分に残された時間があとわずかと知ったらあなたは残りの人生をどう生きるだろうか。
ここに山中静夫という一人の男がいる。
定年退職し、第二の人生はこれからという時に余命わずかだと告げられた彼は自身の故郷にある浅間山を見て死にたいと長野県佐久市に戻ってくる。
沢山の死を真摯に見届けてきた呼吸器科医・今井が山中の担当となり、彼の意志を尊重して治療にあたるが、今井の疲労のピークは限界を超えつつあった。
終活という言葉が定着した今、なぜこの映画『山中静夫氏の尊厳死』を撮ったのか。
岐阜県出身の村橋明郎監督にお話を伺った。
今だから撮るべき作品
Q.この映画を作るきっかけや経緯を伺いたいです。
村橋監督
「原作が出版されたのは今から27年前です。出版されてすぐ、人から紹介されて読んだので出会いは26年前です。その時にいつかこれは撮りたいなと思った題材だったんです。それをずっと自分の中で抱えていました。プロットという企画書を書いていろんなプロデューサーに読んでもらっていたんですが、ほとんどが『暗い』という返事で却下されてきました。『ある取り調べ』(2015年製作)という作品を撮った後にもう1度この本を読み返してみたら、これは今こそやるべき作品じゃないかと思って。すごくやりたいと感じ、自分で脚本の形にしました。誰に読んでもらおうかなと考えて今回のプロデューサーに声をかけたところ、1週間ぐらいで返事が返ってきました。『こういう映画を僕もやりたいと思っていました』と言われて、映画が動き出しました」
Q.そこまでこの原作に強くひかれた理由は何ですか?
村橋監督
「最初は自分で自分のお墓を作るということが興味深くて。ヴィジュアル的にも面白いなと思っていたんです。でもそれより『山中静夫氏の尊厳死』というタイトルではありますが、どういう風に死んでいったかを描きたいわけではなく、限りある決められた時間をどういう風に一生懸命生きたのかが大事だという思いがものすごくして。それがうまく表現できればやる価値がある映画だと思って。長い年月の間にそういう思いに自身の思いが変わってきたんです」
Q.それだけ長い年月あたためていると監督自身の中で登場人物の誰の視点で観るかというのも変わってきますか?
村橋監督
「それはないですが、26年前に原作を読んで、あの当時に映画を撮っていたとしたら、今回のような映画にはならなかったと思いますね。60歳過ぎた今だからこの映画が撮れたと感じていますが、それが具体的に誰かの視点でとかそういう感じの変化はないです」

村橋明郎監督
Q.医者からの視点も非常によく捉えた映画だと思いますが、その辺りも描きたかったことでしょうか。
村橋監督
「原作者の南木佳士さんのほぼ実話なんですね。ご本人もうつ病になって長い間苦しみながら、ずっと病院勤務を続けておられます。『こんな医者いないよ』と言う方と『理想的な医者だ』という方といて両極端なんです。理想的でありすぎるから自分が追い込まれていく、病んでいくことはあると思うんです。今、医療現場では看取ることをする医者は、年間に何百人も看取る人もいるそうで、人間の死を割り切って物だと考えて送っている医者も多くいるそうです。死を悲しんでいては自分のメンタルがやられてしまう。劇中の今井医師は山中さんの死を受け止めすぎて、自身の精神のバランスを崩したんだと思います。でもそれが理想の医者像だと言われることもあるんです。ただその医者像を現代で望んでいいのかは別問題ですね。ああいう医者がいてくれたらいいなとは思いますが、聞けば聞くほど大変な仕事ですから。いちいち感情移入していたらもたないなという気はします。山中静夫にとってはいい医師に出会ったということになるんですが」
Q.映像でこだわった点はどこでしょうか。
村橋監督
「浅間山をいっぱい撮りたいなと思ってカメラマンと相談して早朝のカットからいろんな場所、角度でたくさん撮ってもらいました。時間があれば実景を撮ってもらっていました」
実力派役者陣の役作りと順応力の高さ
Q.中村梅雀さんと津田寛治さんが患者と医者の関係でキャスティングされています。梅雀さんはお顔が丸いのでガンの患者だと思えなくて、むしろ津田さんの方がほっそりしていて患者みたいに見えたんですが(笑)
村橋監督
「あれは狙いです。梅雀さんには『痩せなくていい』と言ったんです。死が近づけば近づくほどきれいになってほしくて。普通だと痩せこけて死んでいくというのがガンのイメージですが、きれいなままで撮りたいなと。逆に、医者の方がぼろぼろになっていくという対比を出したくて。津田さんには「痩せた方がいいです」と伝えました。ただ梅雀さんはあまりにもパンパンだとダメだろうということで自主的に5キロ痩せたそうです。5キロ痩せて現場に行ったら、津田寛治さんは11キロ痩せてたという。『そりゃないよ』って梅雀さんは言っていました(笑)」
Q.津田さんは元々痩せてらっしゃるのに11キロ減量ってすごいですね。
村橋監督
「現場で会って心配になり、『大丈夫ですか?』と言ったぐらいです」

Q.梅雀さん、津田さんには何か演出で指示したことはありますか?
村橋監督
「津田寛治さんに関しては『イズ・エー[is A]』という作品を観てからいい役者だな、いつか仕事したいなとずっと思っていたんですが、梅雀さんに関してはテレビドラマの『信濃のコロンボ』とかをちょっと観たくらいで、あまり接点がない方だろうと思っていたんです。実際にお会いしたらとてもチャーミングな方で若々しくて楽しい方なんですよね。やっぱりイメージが違うなと思って。芝居に関しては二人とも全然問題なんてありませんでした。ただ梅雀さんの最初のシーンが回想シーンで郵便局員の時に死体を見つけるシーンだったんです。その時に死体を見て、『田所さん?』と少しびっくりする表情のシーンに実際はなっていますが、最初はものすごくびっくりして言われたので、『梅雀さん、もうちょっと抑えてください』とお願いしました。それだけなんですけど、これから梅雀さんにお願いするこの作品のトーンがわかってしまったみたいで『わかりました』と抑えて芝居をされたので、それ以降は何も言わなかったです。動きとかの指示は出しますが、芝居をどうやるかということはこれだけの俳優になると最初の一言でわかってしまうというのは感じましたね」
Q.死に向かってどう生きるかという話ということですが、この映画全体が落ち着いていてバタバタしていないと感じています。バタバタしていたのは高畑淳子さんのシーンぐらいでしょうか。
村橋監督
「それは僕の資質だと思います。あまり大げさなことをしたくないというのがあるんです。高畑さんのシーンも始めはもっとバタバタしていました。高畑さんの最初のシーンは、面会に来て医者に向かって山中の今までを色々話すシーンなんです。テストの時はぼろぼろ涙をこぼして、号泣まではいかないまでもものすごい泣きながら芝居をされたんです。そうじゃないんだよなと思って、『高畑さんここは泣くシーンではありません。泣かないでください。泣くより、ちょっと怒っているくらいがこの人らしいんです』と言ったら、『わかりました。感情が切れてしまって思わず泣いてしまいました。もう泣きません』と言われて。普通は泣かない芝居でもう一度テストをするんですが、僕の場合は『わかりました』と言われたので、そのまま本番にしました。完璧だったですね。最初にそれを言われれば梅雀さんも高畑さんも全部のトーンがわかってしまうんです。この監督はこの色の芝居を求めているんだなとわかってくれるので、そこさえわかっていただければ楽なんです」

Q.家族とのかかわりのシーンも穏やかで、今井医師の家庭だと奥様役の田中美里さんの見守る姿勢がいいなあと思って拝見しました。
村橋監督
「田中美里さんにも衣装合わせの時に、『疲弊している夫にあんまり<大丈夫?>と言葉にする人ではないです。思っているけど、自分は自分でやることをやりながら少し、気にして言うくらいの奥さんです』と話しただけなんです。そういう意味では今回バランスの良いキャスティングが出来、苦労した役者さんはいなかったです」
Q.大方斐紗子さんの登場されるシーンも良かったですね。そこに日が当たっている感じで明るくなるといいますか。
村橋監督
「大方さんについては、撮影監督の髙間さんが大方さんと何本か映画を撮っていて、『いいおばあちゃんがいるよ、ぴったりだと思うけど』と。あの笑い方がいいでしょ(笑)。お墓のシーンで大方さんが笑うと梅雀さんもつられて笑うんですよ。あれは編集した時にもう少し前でカットしていたんですが、『いやいやそこまで使ってくれ』と。死ぬことがわかっている人も思わず釣られて笑えるというのを残して欲しくて切ったものを再度繋ぎました。大方さん、84歳ですが、今でもシャンソンを歌っていらっしゃるそうです」

Q.佐久市のロケについて伺いたいです。佐久市の庁舎内にセットを作ったとのことですが。
村橋監督
「ロケハンの時に病室の窓から浅間山が見えるようにしたいという思いがあって。そういうところを探し回って、いろいろ見に行ったんですがなくて。最終的に佐久市の観光課がとても協力的で『うちの会議室見てみますか?』と言われて見たら『ここだ!』ってなったんです。ただ病室を作らないといけないので、予算オーバーではありましたが、『頑張って作りましょう!』とプロデューサーも言ってくれて、セットを作り、10日間ほどお借りしました」
Q.山中さんの実家もなかなか雰囲気のある場所でした。あれもロケハンで見つけたんですか?
村橋監督
「あれは僕の勘です。事前に助監督と制作部が下見をして、いろんな廃屋の写真を撮って見せてくれるんですが、違うなあと。候補を絞ってカメラマンやスタッフと見に回るんですが、やっぱり違う。見に行った帰り道にふっと思って、車を運転していたスタッフに『この道をちょっと左に曲がってみて』とお願いして、奥に進んだらあったんです。他のスタッフもびっくりして。本当に勘で。一発で気に入りました。そこから持ち主を調べて撮影許可を頂きました」
Q.いろいろな偶然に監督は呼ばれたんですね。
村橋監督
「本当にあれは不思議でした。それ以外にも奇跡は何回かあって。普段一両しかなくて、よくあっても二両の小海線が、撮影した時だけ三両だったり、早朝の川に朝靄がかかる実景が欲しくて、発煙筒で靄を作って撮ろうとして行ったら、美しい靄がかかっていたりして。奇跡だなと思いました」

エンドロールが終わるまで帰らないで
Q.全く最後までどなたが音楽を担当しているかを知らずに拝見してエンディングロールで流れた主題歌を聞いて、これは小椋佳さんじゃないかと。音楽まで小椋さんで。小椋佳さんに音楽をお願いした経緯を教えてください。
村橋監督
「『愛燦燦』という美空ひばりさんやいろんな方が歌われている曲がありますが、これを小椋佳さんが歌われているのが好きなんです。もし小椋さんの曲を使えたら素敵だなと思ってプロデューサーに相談したら、小椋さんの事務所とプロデューサーに交流があって、話をしてくださったんです。そうしたら向こうから『映画のために曲を作りますよ』と言ってくださったそうで。ぜひお願いしますと。この曲を聞いたとき、歌詞がとてもストレートで驚きました。もうちょっと柔らかい詞になるのかなと思っていたんですが直球で。ジーンと来て。こちらからは何の注文も出さなかったですが、原作と脚本を読んで作ってくださいました。映画のエンドロールの途中で帰るお客さんを止めたいんです。最後まで聞いて帰ってほしいですね」
Q.死ぬ過程ではなく、生きた過程がじっくり見える映画ですね。
村橋監督
「梅雀さんが初号試写を観て『この映画を観てこれからも一生懸命生きようと思った』とおっしゃったんです。そう言ってくださったのが嬉しくて。多分そういう映画だと思うんです。観てくれた方がどういう風に死んでいこうと考えるのではなくて、人はいつか死ぬんだから50代の方でも30代の方でもいろんな世代の方がもうちょっと頑張って生きようと思っていただけたらいいですね」

人生は長いと思いながらもあっという間に時は経つ。
死を予感した時、自分の今までの人生を振り返りながら最期まで自分らしく生きられるだろうか。
本作を通して自分らしく生きるとは何かを改めて考えさせられる。
映画『山中静夫氏の尊厳死』https://songenshi-movie.com/は現在全国順次上映中。
東海3県では3月21日より愛知・名演小劇場、岐阜・CINEXで公開。
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