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Entertainment

「ジキル&ハイド」。観た後しばらく世界から抜けられない虜になるミュージカル

ミュージカルソングという世界を知り、大好きになった「ジキル&ハイド」という作品。1度観るとしばらくいろいろ思考を巡らす中毒性のある作品だと思う。再演が決まるとつい観に行ってしまう。
その「ジキル&ハイド」の2023年の再演は石丸幹二さんと柿澤勇人さんのダブルキャスト。石丸さんは今回限りになる。どうしても石丸さんのラストを観たかったため石丸さんの回の感想のみ。ご了承を。

さて、「ジキル&ハイド」はどんな作品なのかを説明したい。原作はロバート・ルイス・スティーヴンソンの「ジキル博士とハイド氏」だ。
ジキル博士は自身が作った薬を飲み、全く風貌も性格も違うハイド氏に変化、街で凄惨な事件を起こす。その設定を舞台にしたミュージカルだが、全く同じではない。ジキルに結婚間近の婚約者エマがいたり、場末の店「どん底」で出会う娼婦ルーシーがいたりと設定はかなり違う。ジキルとハイドが陽と陰、同じくエマとルーシーも陽と陰。ルーシーは優しくしてくれたジキルにほのかな恋心を抱くが、突然現れたハイドに迫られ、抗えない。自身から生まれたハイドを消すためにジキルは薬の調合を繰り返すが、ジキルの知らない間にハイドは殺人を繰り返していく。

舞台での特質は一人の俳優が風貌の違うヘンリー・ジキルとエドワード・ハイドを演じること。演じる役者や、演出によって解釈も大きく変わってくる。世界中で上演されてきた作品で、韓国ではドラマ「馬医」で日本でも知られるチョ・スンウ氏も演じた人気作(チョ・スンウ氏は今は「オペラ座の怪人」でファントムを演じている)。フランク・ワイルドホーン氏の音楽は歌い手の技量を試すような難しさもありながら観終わったあと耳に残る名作ばかりだ。

2016年、2018年、2023年。3度石丸さんの「ジキル&ハイド」を観てきた。初代鹿賀丈史さんから引き継ぎ2012年からの今回は4演目。毎回、石丸さんの歌声の音圧を体中に感じたくて、ジキルとハイドのキャラ変が見事で楽しみにしているのだが、毎回、前を超えてくる。10年の間の様々な作品や経験が解釈や表現を変えているのだろう。10年という月日の中では体型も体調も変わり、それに合わせて声の出し方も体の動かし方も変わる。現状維持も大変なのに毎回それを超えてくるというのは凄い。しかも今回は柿澤勇人さんとダブルキャストになったとはいえ、舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」の主演と掛け持ちという殺人的スケジュールの中の公演。だがご本人は両方ともやりたかったんだろうなと思う。

石丸さんと柿澤さんとでは戯曲の読み方、解釈も違うので、全く違ったジキル&ハイドになっているだろう。柿澤さんの芝居も観たかったなあと今は後ろ髪を引かれる思いだ。名古屋は元々公演数が2公演しかなかった。もう少しあれば……。また遠征費用を稼がねば。

婚約者エマは今回ダブルキャスト。桜井玲香さんとDream Amiさん。
ジキルのことが大好きなエマ。ジキルのことならすべて受け入れられる大きな愛の持ち主。(ジキルが大好きな仕事(研究)にもやきもちを焼くが)
ダブルキャストの雰囲気によって微妙にセリフのニュアンスが違ってくるので、受ける相手の反応が違うのがダブルキャストのいいところ。
「来ないと思った?」というジキルのセリフのトーンがまさしく。エマの歌はファルセットで歌う部分が多く、お二人の柔らかい声に魅了される。

娼婦ルーシーには笹本玲奈さん、真彩希帆さん。「連れてきて」(Bring On The Men)は男達を虜にする。体に興味を示さず、普通に友達になろうと言ってくれたジキルへの恋心、夢見る新しい生活。せつなさを纏うルーシーが歌うナンバーはどれも心にぐっとくる。「新たな生活」(A New Life)の白い服はルーシーの気持ちを表している。だからこそ、その後の展開はショッキングだ。

ジキルの親友であり弁護士であるジョン・アターソンには石井一孝さん、上川一哉さん。ジキル思いのよき友。石井さんがジョンをやるのが初めてとは思えない石丸さんとのフィット感。石井さんのジョンは本当にジキルの保護者的なところがある。どん底でジキルの手をあげちゃうところはお茶目で好きだ。石丸さんと石井さんの声がよく合うのは以前から知っているが、今回も心地良かった。上川さんは歌ももちろんのことながら、芝居にひかれた。熱いものがこもっていた。ジキルとジョンの間の友情が深いことが今までで一番響いてきた。滑舌と歌の安定感はさすが。石丸さんと上川さんで話している会話は聞き取りやすくて感動の域だった。

アンサンブルの方々の活躍も見逃せない。何役もこなし、コーラスもきっちりと。一幕「嘘の仮面」(Facade)や二幕冒頭ハイドの残虐な行為を捉える「事件、事件~レクイエム」(Murder,Murder)のロングナンバーはアンサンブルの動き、舞台照明についても是非注目してみてほしい場面だ。

キャストボード。写真を撮るためにたくさんの観客が列を作った

キャストボード。写真を撮るためにたくさんの観客が列を作った

ジキルとハイド。引き込まれるキャラクター

ジキルとハイドについてもまとめたい。

冒頭の「知りたい」(I Need To Know)。後半の伸びやかな歌唱は石丸さんならでは。サビの部分で振り向きざまのジキルにぴったり照明が当たるのが凄く好き。神に祈るシーンで十字を切るジキルがこの後進む道は神を冒涜する道なのか。

「時が来た」(This Is The Moment)はこの作品で一番有名な曲(1992アルベールビル冬季五輪の公式テーマソングになっている)。
ジキルが自身を実験台にすることを思いつき、希望を持って歌う曲。舞台のセットはジキルの研究室になる。地下と思われるその研究室。ジキルがスイッチを押すと灯りや舞台後ろの風車が回り出す。石丸ジキル最後の上演では、噛みしめるようにその一つ一つを押しているように感じた。希望に満ちた「時が来た」。劇場全体に響き渡る圧巻の歌声。観客からの止まらぬ拍手でショーストップになった。

そしてジキルは薬を飲む。生まれるハイド。しわがれた声の男はためらうことなく自身の欲を満たしていく。今回のハイドは左目に髪の毛がかかっているビジュアル。
2018年の時は初めからジキルはセント・ジュード病院最高理事会のメンバーに怒り、殺意がありそうに見え、「善と悪を分離する薬」の実験許可を得られず、自身を実験台にしてハイドが出てきた時、その怒りや殺意の部分が分離して無邪気に暴れまわっているように感じた。初めからグレー。その兆しがあるという解釈だった(理事会後にジョンに相当強く当たっていた記憶がある)。
今回はパンフレットのインタビューで石丸さん自身が語っているようにジキルは初めはホワイト。どこまでも自身の研究を信じ、人体実験の許可を願い続ける。自身が無意識に押さえ込んでいた感情、欲望。ジキルの中にある己が気づいていないもう一人の自分が理性という壁が壊れてハイドとして顕れたような感じ。「自由だ!」というセリフは前回は解放された喜びに溢れていたが、今回は唸るような雄叫びだった。ステッキを巧みに使い、コートを翻しながら歌うハイドのナンバー「生きている」(Alive)。「時が来た」とは違うパワーのある曲。そしてリズムが独特で途中拍子が変わる。1幕最後は演出とリンクして、ラストのハイトーンとあやしく笑う顔に突き抜けた狂気を感じた。

ルーシーとハイドの「罪な遊戯」(Dangerous Game)。エロティックさは今回が最高だった。ジキルに気持ちはありながら、体をハイドに許してしまうルーシー。ハイドがルーシーの服を下ろし、左肩を何度もさわり舐めるあたりが上手側からだとかなりよく見える。罪な大人な時間が展開されるわけだが、歌われる歌はとてもかっこよく、しかも照明もムードたっぷりで観ているこちらも高揚してきてしまう。このシーンで、ハイドが椅子を投げる。毎回どこまで飛ばすかも気になるところなのだが、千秋楽は飛ばした椅子が机にぶつかってしばらくゆらゆら揺れていた。

ジキルとハイドがワンフレーズ毎に入れ替わる「対決」(Confrontation)は照明とオーケストラと役者の三位合体で展開される。首を右に振るか、左に振るかでジキルとハイドが1フレーズ毎で切り替わる。ハイドを消したいジキルとそんなジキルを嘲笑するように生きると言うハイド。歌い手ののどを酷使する難曲はジキルとハイドのラストナンバーとして凄まじいインパクトを残す。薬を飲んだ後、笑っていたのは明らかにハイド。ゾッとした。

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まだまだ続く考察

この作品、いろんな考察をしてしまう作品だ。
よければ考察にお付き合いいただきたい。

ハイドはジキルの記憶を持っている。ルーシーに会った時に「ルーシー!ルーシー!」と呼ぶこのセリフはジキルがどん底に行った時にやっていたショーで男達がルーシーに向けていたコールだ。ジキルはルーシーのショーをじっと見つめるだけで、ルーシーの誘惑には乗らなかった。だが本人も気づかない心の奥では明らかに興味を持っていたということになる。ではジキルは本当に何も覚えていないのか。

ジキルがハイドを生み出したあと、家の中にいるシーンでもシャツの襟のボタンを留めない。そして苛立っているときはハイドの声色が混ざる。薬を飲む前のきっちりボタンを留めるジキルともまた違うジキルがそこにいて、親友のジョンやエマはジキルの異変を感じ始める。ジキルが認識していないだけで、ジキルにもハイドの感覚は影響している。

ではルーシーはジキルとハイドが同じ人物だと気づいているのかいなかったのか。最後の一言をルーシーが言いながら目の前で見たのはジキルだったのかハイドだったのか。気づいていたと仮定しても、気づいていなかったと仮定しても、ルーシーにはあの結末しかない気がして悲しくなる。

対決のあと、迎えた結婚式のシーンで、ハイドが現れた時、風貌はハイドだったのか、ジキルのままだったのか。
「俺を自由にしてくれ」
とジョンに懇願したのはどちらか。

「自由よ。二人はいつまでも」
エマはジキルが何をしていたのか知っていた気がする(実験記録のチラ見は意外としっかり目に入っていたのではないか)。何もかもわかっていながらすべて受け入れようとしていたとしたら。エマの愛が偉大だからこそ、これからエマはどうしていくのか気になる。

この作品はいい方向に向かっていると思わせて、どん底へ突き落とすことを繰り返す。
何度も観ているから分かってはいるのに、また観たくなるのは人間の欲と業が詰まっているからだろうか。観終わったあともいろいろ引きずる。だがそれを打ち消すように頭の中を素晴らしい楽曲達が回り、その曲がまた聞きたくなる。

カーテンコールで石丸さんが「不朽の名作なのでこれからも上演してほしい」とコメントされていた。柿澤さんのジキル&ハイドの再演。必ずあると信じている。

石丸さんの「時が来た」はこれからも聞くことは出来るだろう。だが劇中での「時が来た」は格別。「ジキル&ハイド」の板の上で歌われた最後の「時が来た」。この日を、この歌声を忘れることはないだろう。

 

書いた人 涼夏

普段は映画の取材やレビューを書いているCafe mirageライター。実は映画より演劇好き。
飛ばしが有名な名古屋近郊にいるため、東京や大阪を繫ぐどこでもドアがないかなと常に遠征費用を貯めながら思っている。

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