普通に生きられる幸せを感じて(映画『この世界の片隅に』)
どの時代に生まれるか。
それは自分では選べない。
自分が死ぬこと。それも自分ではいつなのかわからない。
私たちは空の上から銃撃されるような経験を
受けていない。
その経験を語れる人はわずかになってしまった。
だからこそ。
戦争の最前線ではなく、
日本で普通に暮らしていた人たちの戦時中を
知らなければいけないのだ。
『この世界の片隅に』では
有名でもない。無名のある女性の生活を描く。
食べ物も好きに買えない、表現の自由も認められない。
そんな世の中で、親の手伝いをし、
大きくなって見染められた相手と結婚をして
普通の主婦生活をしていた女性の目で戦争を描く。
戦争の状況を正確には知らされない世の中で
制限のある中で自分の生活を楽しんでいた主人公。
その生活を壊すのは終戦間近の呉港周辺への爆撃だった。
あらすじ
広島で3人兄妹の真ん中として育ったすずさんは
18歳になって舞い込んできた縁談を
自分の意思では決められないまま受け入れることになる。
嫁ぎ先は呉市にあった。
1944年の呉は日本海軍の一大拠点。軍港の街として栄えている。
見知らぬ土地で海軍勤務の文官・周作の妻となったすずさん。
優しい夫の両親、たまにやって来る厳しい義姉とその娘の晴美、
ご近所づきあいという新しい人間関係ができる。
世の中は配給物資がだんだん減っていく状況だが
ないならないなりに工夫して食事を出し、
時には大好きな絵を書いて呉での生活を過ごしていた。
戦地から帰ってくる軍艦の中には甲巡洋艦「青葉」もある。
その青葉には水兵になったすずさんの幼なじみ・水原哲が乗っていた。
久しぶりの帰還に哲はすずさんの家を訪ねてくる。
1945年3月。呉は大きな空襲に遭う。
軍港である呉の壊滅のため毎日のように繰り返される爆撃。
すずさんにも普通の生活を破られる出来事が起こる。
片渕監督がこだわった『日常』
本作の監督は『名犬ラッシー』、
NHK復興支援テーマソング『花は咲く』PVの片渕須直監督。
戦時中でも普通の生活をしている人がいる。
いつ空襲が来るかわからない。
防空壕を作り、避難するという非日常の中にある日常。
少ない食料でも家族でそろってご飯を食べる。
憲兵には怒られるが面白いことは笑う。
楽しみを忘れず夫婦睦まじく生きる。
特別なことなんかなくたって。
普通に過ごすことが幸せ。
家族があることの大切さが感じられる。
片渕監督がこだわった広島の風景。
原作はこうの史代さんの同名漫画。
作品に感銘を受け、アニメ化の権利を得たのが2010年。
あの頃の広島と呉を再現したい。
その思いで史料を集め、納得いくまで事実確認を行った。
昭和19年、呉の港に本当に戦艦大和は入って来たのか。
来たならいつ、どんな天候だったのか。
すずさんの家からどう見えていたのか。
戦艦大和の動きを表にして割り出す作業も
すずさんの日常を描くには大事な事だった。
航空機関係にも造詣が深く、映像で出てくる飛行機や戦艦の
緻密な描写にも驚かされる。
すずさんの周りで起こる世界的出来事を緻密に調べ
描くことですずさんの日常がさらに際立つ。
また漫画よりも確実に画格がワイドになる映画では
町の風景も重要になってくる。
幼いすずさんが買い物に出掛けた町の風景、
駄菓子屋のお菓子、おもちゃも当時のものを再現している。
今の風景と違う、すずさんが見ていた呉がある。
昭和20年8月の広島には悲しい出来事が起こった。
原爆が落とされたとき、呉ではどんな風に体感されたのか。
片渕監督はじっくりと調査して描いた。
細かい方言 広島弁と呉弁
今回、舞台が広島ということで方言も際立つ。
方言指導は今回声優としても参加している
俳優の栩野幸知さん。
幼馴染みの哲は水兵になる前と後、
すずさんの前と周作の前では話し方が変わる。
その辺りも役者ならではの解釈で方言指導を入れている。
また呉という地名のイントネーションに注目してほしい。
広島出身のすずさんは「く↓れ↑」と発音するが
呉の人たちは「く→れ↓」と発音する。
すずさんの気持ちの変化でこのイントネーションが
変わるのがどこか注目してほしい。
すずさんという女性
絵を描くことと空想が大好きなすずさん。
周りからもまだ子供と言われ、
嫁に入るという自覚ははじめはなかったかもしれない。
戦争の中での出会いと別れ。
それがすずさんを大人へと成長させていく。
このすずを演じたのは女優のん。
『海月姫』以来2年ぶりの主演で
声優としての新たな魅力を見せている。
柔らかい声質がすずさんに命を与えた。
日常が一瞬で消える。
さっきまで横にいたはずの大切な人が
今はもういない。
そんな経験はできたらしたくはない。
同じ過ちを繰り返さないように。
『この世界の片隅に』起こった出来事を
忘れないようにしたい。
映画『この世界の片隅に』は11月12日より公開。
名古屋地区では11月12日より
伏見ミリオン座ほかで公開。
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