映画『かぞくわり』塩崎祥平監督×弓手研平さん 名古屋舞台挨拶レポート
名古屋・名演小劇場で絶賛公開中の映画『かぞくわり』。2月28日上映後には劇中の絵画担当、そしてチーフプロデューサーを務める画家の弓手研平さんと塩崎祥平監督によるトークが行われた。
画家の弓手さんがなぜ急に映画の世界へ?
その疑問を解いたのは塩崎監督と弓手さんの間にある切れることがなかった縁にあった。
『かぞくわり』につながる運命の再会
塩崎監督は脚本を書き始めた当初は主人公・香奈を芸術関係の何かをしている人にはしようと考えていたが、中将姫同様に絵描きにしようとは思っていなかったそうだ。
塩崎監督
「香奈が絵を描く人になったのは弓手さんとの出会いというか、再会です。実は弓手さんは僕の高校時代の美術の先生なんです」
塩崎監督が高校を卒業してから全く音信不通だった中、奈良の新聞社主催の会合で18年ぶりに再会する。
塩崎監督
「弓手という変わった名前ですから覚えていまして。というのも、進路を決める際に何度も何度も「芸大には行かないのか?」と言ってきた先生で忘れるわけがなく、お声をかけました」
弓手さん
「映画監督が来ていると紹介があったので気にはなっていたんですが。まさかあの生徒だった塩崎くんだとは」

左:弓手研平さん 右:塩崎祥平監督
塩崎監督との思い出
弓手さんと塩崎監督は9歳違い。弓手さんが大学を出て講師として高校で勤務していたときに出会った。
弓手さん
「僕は当時面白い人にしか興味がなくて、変わった授業をしていました。創ったものにはどんな物語があるのかを説明しなさいという課題を出していまして。一人一人に説明させるんです。毎回塩崎くんは面白くて。例えばくしゃくしゃに紙を丸めただけの作品でもこんなに面白いエピソードがあると説明してくれるんですね。僕は塩崎くんの美術の成績は百点をつけていました。こんな発想をする子が普通に社会に出るのはもったいないと思って芸大に行かないかと話していました。教師をやっていたときに「君には才能がある」と僕が言った生徒は一人しかいなくて。それが彼だったということはずっと覚えていたんですけど、顔と名前は覚えていなくて(笑)。塩崎監督に再会して18年前にそう言われていたという話を聞いて昔のことを思い出しました」
よいものを残していくということ
弓手さん
「今は何をしているかを塩崎監督に聞いたら今度は二上山がある葛城市で映画の企画成立に向けて準備している頃だったんです。中将姫と大津皇子の話からインスピレーションした映画にしたいと。當麻寺は1400年以上も前のものが沢山残っているお寺です。法隆寺よりも昔からの文化財がたくさんあるお寺で。そんな古いものが残っているというのはある時代のちょっとしたノリで撮影隊を入れるとかを絶対にしなかったからこそ残ったものだと思うんです。そういう所に撮影を挑もうとするなんてものすごくハードルが高い。ちょうどその頃僕はお寺で現代のアートイベントをやりたいと思ってプロデュースを始めていたところで。二人で協力し合えば上手くいくんじゃないかと思って塩崎監督の映画に絵画を取り入れる形で協力を始めました」
話題は作品の中で香奈が描いた絵が重要文化財になることについての考察へ。重要文化財になるには描いてから50年はかかるというのが通例とのこと。しかしこの話の中では15年弱で文化財になる設定。香奈の描いた絵には弓手さんが日本国憲法を題材にして描いた絵が使用されている。
弓手さん
「日本で初の油絵での需要文化財は岸田劉生の作品で有名な「麗子像」ではなく「切通之写生(道路と土手と塀)」です。映画の中で守るべきものは何なのか、残すべきものは何なのかということを問うているんですが、重要文化財になるということはどういうことかと言うと国が決めたルールだから重要文化財になるとかそういうことではなく、作品が本当にいいと思った人がいろんな方に伝えないと国が千年残したいと思えるような作品は残らないということなんです。最初は監督と香奈の絵を国宝にしたいという話をしていたんですが、それは行き過ぎだろう、重要文化財ぐらいだろうと。でも13年でなることは普通はあり得ないんです。作品のラストで大勢の人が真っ暗の中で花火と香奈が描いた絵を見ることになります。その瞬間、自分が生きている世界で何をしなくてはいけなくて何が大事で何がそんなに大事じゃないことなのかということを目撃すれば、その感動を他の人に伝えると思うんですね。聞いた人は気になるのでその絵は何処にあってどんなものなのか調べて知られていくので13年後ぐらいには重要文化財にしてもいいとみんなが思うのではないかと。実は守ったり、歴史に残していくというのはそういうことから生まれるものではないのかと思います」

塩崎監督
「13年で重要文化財になるのは不可能ですが、そういう想像してもいいんじゃないの?という思いも込めてポジティブに作りました。日本国憲法というと色々言われがちですが、右とか左とか関係なくそこに何が書かれているのか、憲法って自分たちの生活では目にしないけれどもそれを大前提として今生活している土台があるということの中で表現していく。先生からしたら18年経って僕が映画監督になっていることに驚いていらっしゃいますが、僕からしたら憲法を題材にして絵を描かれていて、なんというテーマで描いているのかと驚いたんです。映画の中で使いたいと思ったんですね。意気投合した中で脚本を書いていったので、映画の中に壁画が出てくるんですがどう表現しようかと。壁画を描くってすごく時間がかかるんですよ。壁画を誰かに描いてもらいましょうとなると製作費がかかってしまうので、そういうところも弓手さんに相談してどんどん映画の世界に引きずり込んで行って、最終的にはプロデューサーになっていただいたという(笑)」
弓手さん
「最初は単なる劇中画担当だったんですけど、映画を作るのにお金もかかりますからね。画材屋さんに支援の手を挙げていただいたのも僕が絵描きという立ち位置だったからでそういう角度から協賛をお願いしたりして。壁画の製作についてですが、若い頃の香奈が描いているものは僕が描いた110点の憲法シリーズから監督がこの絵を使いたいと選んだもので壁画のセットで再現しています。この絵を描くのに僕は5年かけています。映画のセットで一週間で描いてくれと言われてもできるわけがない。大道具さんや美術さんに提案したのが、現代の技術で印刷業者さんに作品を同じ大きさでプリントしてもらい、その上に絵の具をもう一回塗って、それでは壁画にならないので砂をかけました。でも砂をかけると画面が隠してしまうので、乾くと透明になるメディウムという絵の具を使いながら美術さんや大道具さんと話し合って試行錯誤を繰り返して、照明さんにも撮影時に光の当て方を工夫して頂いて、さらにCGの編集でも手を加えていただいて監督が求めた絵になりました」
絵を描くという文化をなくさないために
弓手さん
「今回、いくつもの画材屋さんなどいくつもの会社にスポンサーになっていただいています。もう少しすると図工や美術の授業が週に1時間になるかもしれないんです。画材メーカーさんはそれによって画材が売れなくなります。絵の具が売っていない日本と言うのが生まれて、さびしいなとも思いますが絵を描いたりするという文化が普段の生活からなくなってしまう可能性があるんです。人口が大幅に減っているわけではないんですが、画材メーカーさんでは閉店するところも増えてきています。この映画を観た後に残すべきのとか守るべきものを考えた時、このまま美術がなくなっていく社会でいいのかというのも問うていたりします」
塩崎監督
「実際に作業しないと想像するきっかけがないというか、物を作っていることでこうしたらいいんじゃないかとか、面白いって言ってもらえるかもしれないということを想像をする場所がなくなってしまうんです。この場所がなくなってしまうことの危うさは僕らからすると怖いんです。だから映画を水戸黄門のように最初から最後まですべてわかっているようなことでものを作っているのではなくてあれはこうだったかなどうだったかなと考えていただきたいんです。映画の中でも「死者の書」だとか歴史に史実として出てきた登場人物になじみがないからわからないかもしれないんですが日本の歴史の中に存在しているものなので、これはどういうことで「死者の書」があったのかと考えながら味わっていただく方がいいんです。この映画は子どもが見る映画じゃないと思われるかもしれませんがそれ自体が決めつけで、子どもが見ると大人とは違ったところを観てくれるのでぜひお子さんとも観ていただきたいです」

弓手さん
「塩崎監督はじわじわくる映画をつくる監督なんです。奈良ではまだ公開しています。リピーターがすごくてお腹の中に抱えているものを持ってもう一回観に来て消化しようとされるんです。そういう作品があってもいいと思います。4月からは大阪で上映が始まり、秋には別府でも決まっておりますので長い時間をかけて全国に伝えようと思っています」
映画というものは観る人のものだと言われる。純粋にこの『かぞくわり』の世界にまず浸ってほしい。
そしていろんなことを想像してほしい。映画には描かれていない世界がどんどん広がっていくはずだ。
名古屋のセントラル・アートギャラリーでは3月9日(土)まで『かぞくわり』劇中で使用された衣装や絵画、巨大曼荼羅の展示も行っている。
映画を鑑賞してもよし、映画を観てから訪れるもよし。様々な想像が膨らむ作品に浸ってほしい。
映画『かぞくわり』は3月8日(金)まで名古屋・名演小劇場で上映中。
塩崎監督のインタビューも合わせてお読みください↓
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