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撮りたいという強い思いの結晶がいよいよ公開(映画『山歌』)
山の中を漂流して暮らす人々が戦後あたりまでいたことを知ったのは「やすらぎの刻」という倉本聰さんのドラマだった。
戸籍を持たず自然と共存し、生きていた彼らは次第に下界に降り、私たち同様の生活をするようになったのだという。
そんな人々に興味を持った映画監督がいた。興味を持ったものに対してどこまでもあくなき密着と探求をするドキュメンタリー作品を手掛ける監督だった。
密着したくても、今、その人達はいない。
それならば自分が書くしかない。
彼らを撮りたくて監督は脚本を書き始めた。
そして、監督は自身の手で彼らを撮る機会を射止めた。
名もなき彼らは民俗学的には山窩(サンカ)と呼ばれていた。
あらすじ
高度成長に湧く1965年。受験勉強のため、東京から祖母の家がある山奥の田舎に帰ってきた中学生の則夫は、ふとしたきっかけで、山から山へ漂泊の旅を続ける山窩(サンカ)の家族と出会う。一方的な価値観を押し付けられ、生きづらさを抱えていた則夫は、既成概念に縛られず自然と共生している彼らの姿に魅せられていく。サンカの長・省三、彼の母タエばあ、娘のハナと交流は深まり、蛇やイワナを獲り食べるという、自然の中での体験を通し改めて「生きる」ことを知る。いつしかハナとその家族は則夫にとって特別な存在になっていた。しかし則夫の父・高志がこの地にて行う事業に則夫は苦悶し、ある事件を引き起こす。
現代の人には見えない何かを知る人々
昔、人々は自然を畏怖し、神とあがめ祀り、共存していた。それがいつしか祭りや神楽のような神事になり、今に伝わっている。しかし、あの頃の人々の思いを理解することが出来ているのだろうか。サンカは昭和の時代まで山を渡り歩き、自然と生きた。私たちが忘れてしまったもの、“人間には見えないもの”を感じながら生きていたのではないだろうか。
彼らは昔から変わらぬスタイルで生き続けたが、昭和の時代には自分たちの土地への侵入者として扱われていく。
中学生の則夫の視点はサンカや山、川、そこに棲む生き物の本当の姿を知らない私たちの視点だ。
山や川の表情を機微に捉えた映像と音。そしてサンカを演じた役者達の佇まい。それによってサンカが生きる場所、その世界観に吸い込まれていく。
監督はドキュメンタリー映画を作り続けてきた笹谷遼平監督。1986年生まれの若き監督だ。2007年、大学在学中に秘宝館のドキュメンタリー映画『昭和聖地巡礼〜秘宝館の胎内〜』を監督。2009年には道祖神のお面の民芸品・道神面のドキュメンタリー映画『ファニーフェイスの哭き歌』を監督した。自然の中で生きる人間の姿や残してきたものを捉えてきた笹谷監督がサンカに出会った時、すでにサンカはいなかった。しかし、戸籍も財産も持たず、自然と共存したサンカの生き方を笹谷監督はどうしても伝えたかった。ドキュメンタリーの場合は膨大なカメラを回し、沢山の人の話を聞いたり、調査した事実をつなぎ合わせていく作業になるが、もうほとんど話を聞ける人はいないであろう中で、監督は自身が自然の中で感じた“見えない不思議な何か”を感じながら史料を基に脚本を作ることを考えた。劇映画を作る経験がなかった笹谷監督はサンカをモチーフにした作品を何作も書いて、短編を撮りながらブラッシュアップしていく。2018年の伊参スタジオ映画祭のグランプリを受賞したことで長編映画化の権利を得て、自身の手でサンカを撮る機会を得た。
スタッフにはその脚本に惚れ込んだ『月とキャベツ』、『ぐるりのこと』、『ミュジコフィリア』の上野彰吾撮影監督、音楽は『萌の朱雀』、『殯の森』、『蛇にピアス』の茂野雅道、録音は『ぐるりのこと』、『恋人たち』の小川武、美術は『失楽園』、『解夏』の小澤秀高と劇映画のエキスパートともいえるメンバーが集まり、サンカが生きたあの山を群馬県中之条町の自然と共に作り上げた。
則夫役は『半世界』で第41回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞、第34回高崎映画祭最優秀新進俳優賞を受賞した杉田雷麟(すぎたらいる)が繊細に演じる。サンカの娘ハナには、小向なる。役作りのため山を走る「トレイルランニング」技術を習得し、身体能力を高め撮影に挑んだ。サンカの長・省三には渋川清彦。彼が発する独特な雰囲気に魅了される。
サンカと接することで生きることの意味を知る則夫、生きるために山の開発計画を進める則夫の父、自分の一家しかいない山の中で、自然との共存に限界を感じて生きるための場所の選択が必要となってきているサンカの長・省三と娘のハナ。生きることに対するそれぞれの心の中の葛藤が見えてくる。どの姿がいいとか悪いとかはこの映画からは汲み取れない。これは1965年の日本のある地域をそのまま捉えたドキュメンタリーなのだ。どう感じるかは観る側に委ねられる。
人は生きていかなければならない。自然に逆らい、開発を続けたのも生きるためではある。しかし人間が自然を操作したことで起きている災害もある。自然は人のために存在しているわけではないのだ。
サンカを撮りたいという監督の熱い思いが、形になり、私たちは問われる。私たちは自然とどう付き合っていくべきなのかを。
映画『山歌(サンカ)』 https://www.sanka-film.com/ は 現在全国順次公開中。5月6日(金)より名演小劇場、6月3日(金)より刈谷日劇で公開。
『山歌(サンカ)』
出演:杉田雷麟 小向なる 飯田基祐 蘭妖子 内田春菊 / 渋川清彦
監督・脚本・プロデューサー:笹谷遼平
音楽:茂野雅道 撮影監督:上野彰吾(JSC) 照明:浅川周 美術:小澤秀高 録音:小川武 衣装:金子澄世 廣田繭子
メイク:塚原ひろの 編集:菊池智美 助監督:葛西純 制作:橋本光生 アソシエイトプロデューサー:松岡周作
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