
先人の思いを次の世代へ(映画『すもも』)
連続ものの時代劇が民放のテレビ番組表から姿を消してかなり経つ。
昔は月曜から日曜までNHKと民放を合わせて時代劇がない日はなかった。
民放時代劇最後の作品は『水戸黄門』第43部。
「嗚呼、人生に涙あり」このタイトルだったこともはっきり覚えている。
水戸黄門の最終回を撮影したのが井上泰治監督だ。
『長七郎江戸日記』、『水戸黄門』、『大岡越前』、『あばれ八州御用旅』など
主に太秦にある東映京都撮影所で撮影された時代劇を監督している井上監督は
ここ数年時代劇の火を絶やしてはならないと自主製作で映画を撮ったり、
全国で時代劇の役者を育てるワークショップを開催している。
去年撮影された新作『すもも』も自主製作で作られたものだ。井上監督は話す。
「時代劇は費用がかかる。撮影にも時間がかかるし、
衣装や大道具もなければ作らないといけない。
費用がかかる割には視聴率が伸びない。だから民放テレビからは消えてしまった。
自分で撮りたいものがなかなか撮れないので自分で作りました。」
クラウドファウンディングやスポンサー集めから始まり、
時代劇ワークショップに参加した時代劇を受け継ぎたい役者と
時代劇製作経験のあるスタッフと経験のない若手のスタッフが参加して
2016年真夏に撮影は行われた。
『すもも』 あらすじ
時代は幕末。
夫を亡くし、幼い娘を連れて遠縁の庄屋・宗右衛門(里見浩太朗)の下で
暮らすことになったお春(土居志央梨)は
近くの寺で寺子屋の先生をしている加川慎一郎(高杉瑞穂)の手伝いをすることになる。
大阪の適塾で首席だった慎一郎は藤代藩の砲術指南として迎えられたが
事故によって怪我を負い、右半身が不自由になっていた。
藩からもお役御免となっていた慎一郎は宗右衛門に助けられる。
子供たちとの距離を縮めることが出来ないでいた慎一郎だったが
お春が手伝い始めたことで少しずつ打ち解けていく。
一度はお役御免になった慎一郎だったが
時代は慎一郎を放っておかなかった。
倒幕後も続く戦いは藤代藩にも押し寄せていた。
2月21日名古屋市昭和文化小劇場にて上映会が行われた。
舞台挨拶には井上泰治監督、加川慎一郎役の高杉瑞穂さん、武将役の加藤正さん、
しおり役の紀那きりこさん、百姓役の長谷川千晶さんが登壇した。
時代劇に再び光を
井上監督
「『すもも』を撮った一番の理由は時代劇に元気をつけたいからです。
時代劇を担っていくにはプロのスタッフがいないとダメなんです。
そういう人たちが消えてしまったら時代劇が続けられない。
その人たちを守っていかないといけない。プロのスタッフで手を取り合っていかなくてはならない。
今回も東映のスタッフで撮影しています。」
井上監督
「この映画を先行上映として上映しています。
今年のモントリオール世界映画祭に出品予定で
英語とフランス語の翻訳作業に入っている最中です。
映画祭に出品後にまた日本で一般公開します。
またその時に見てほしいです。自分で言うのも何ですが2回目の方が泣けます。
今まで自分の作品を世界に出したことはありませんが世界の目で時代劇を
見てもらいたいと思いました。」
高杉さん
「名古屋は思い出の地です。
10年ほど前に東海テレビの『美しい罠』、そして翌年の『金色の翼』と
立て続けに昼ドラに出演させていただいてその時にも番宣で名古屋に訪れては
温かい皆様に出迎えていただきました。
しかも名古屋での視聴率が格段に良かったのを覚えています。
そんな名古屋でまた自身が出演した映画を上映できてとてもうれしいです。」
高杉さん
「私が演じたのは加川慎一郎という武士です。突然つらい状況に陥りまして、
そこでまた人と出会い、救われて何が大切なものかを
彼なりに悟っていくわけなんですが
脚本を読んだときに自分自身も丁度そんなに楽しくない時期でもありまして。
脚本を読んで、楽しくないのは自分中心の考え方だからなのかなあと思いました。
それをきっかけに周りに意見を求めてみたら手を差し伸べてくださる方もいて、
いろいろ気が付くこともありました。
人に救われて自分がいるんだなと強く思った作品です。
きっと皆さんにも今に至るまでにたくさんの困難があったと思いますし、
楽して生きていたわけではないと思います。
過去を振り返れば人に話したくなくなるほど恥ずかしかったりする
経験があるのではないかと思います。
自分も過去を振り返ると最後までたどる前に
口の中がきゅっとすっぱくなる感じがして恥ずかしくなります。
でもそういうものを乗り越えて今があります。
『すもも』もそういう人間ドラマなので共感してみていただけるのではないかと思います。」
加藤さん
「加藤正です。僕の姿は武将姿で見ている方が多いと思います。
今回モノクロと『すもも』というタイトルが最後にしみてくると思います。
監督からお話をいただいたときに僕の役名が「時代遅れの武将」と言われまして。
また武将でした(笑)。どんな風に出てくるのか楽しみにしてください。」
紀那さん
「私は愛知県出身です。初の時代劇映画でこの舞台に立たせていただいていることが感慨深いです。
しおりという役は見ていただく方によって意見が分かれる役です。
東京での試写会の後の感想が「わかった。」という方と「嫌だった。」という感想もあって。
ぜひ皆さんの感想も教えていただけると嬉しいです。
私自身は最初はしおりをどう理解したらいいんだろうと思い、監督に相談しました。
『どんな人でも自分を悪い人だと思って生きている人はいないから。』と答えてくださったのが
すごくヒントになりました。自分としおりが重なってからは自分には身近な存在になっていきました。」
長谷川さん
「今回百姓のよね役を演じさせていただいています。
予告編を見ていただいた方には印象に残っているのではないかと思いますが、
慎一郎に土の塊を投げつけて捨て台詞を言っている嫌な百姓です。
役をいただいたときはとても驚きました。嫌な役だなという印象もありました。
慎一郎が自分たちの子供たちに教えてくれているのに見た目だけで誹謗中傷したり
信じてついていくことができない。
でも百姓にも貧乏な生活があったり、いろいろ抱えているものがあって。
嫌な役でも何かしら理由があってそうしていると考えた作品でした。
百姓なのでメイクの時に真っ黒に塗られて、まゆげもぼさぼさに書かれて初めての経験ばかりで
とても勉強になりました。今後も現代劇だけでなくいろんな時代の役を演じられたらいいなと思います。」
時代劇だが時代劇を見ていると言うよりヒューマンドラマを見ている気になった。
私たちが使う普通の言葉遣いでほとんどの部分が描かれていた。
若い人たちにもすんなりと見てもらえるのではないか。
時代劇は難しいと思っている人の考え方を変えるのが
これからも時代劇を見てもらうためには大切なことなのだ。
モノクロの世界を楽しむ
分かりやすいストーリー展開とは反比例するように
この作品は若者があまり目にしないモノクロ作品に仕上がっている。
モノクロにしたことで照明を当てると陰影の深みが出る。
色では出せない重さが出てくる。
モノクロの竹林には白と黒では言い表せない色味がある。
敢えてモノクロでストーリーを展開させる意味は最後にわかる。
挫折し失望した男の心の変化
見た目が評価に大きく影響するのは昔も今も変わらないが
同様に見た目より心が大事と訴え続けている人がいることも
昔も今も変わらない。
「気持ち悪い。」と慎一郎のことを話す子供たちに他意はない。
子供たちは正直に慎一郎を見てそう言っている。
『その身正しければ、令せずして行わる。
その身正しからざれば、令すといえども従わず。』
(行いが立派な者には、誰もが思わず従ってしまうものだ。
逆に、行いの出来ていないものがどんなに立派なことを言おうとも、誰も従いはしない。)
孔子の教えを伝える慎一郎だが子供たちに心が開けない。
拗れてしまった心を子供たちは見透かしている。
事故によって全てを失った慎一郎。
だが捨てる神あれば拾う神あり
新たに出会った人たちに自分が進むべき新たな道を教えられる。
慎一郎が変わることで子供たちも変わっていく。
慎一郎役の高杉さんを今までも時代劇でたくさん見てきているが
今回の役では心の葛藤を台詞のないシーンで見せてくれている。
表情の変化に注目してほしい。
見た目ではなく心を見つめる女性・お春
春は今で言う空気が読める女性。
相手の思いを汲んで接することができる人。
母親でもあり、女性として慎一郎を慕いながら支える。
演じたのは土居 志央梨。
最近は黒木華、土谷芳、上川周作と次々と若手の役者を送り出している
京都造形芸術大学出身の期待の女優だ。
お春は実年齢より年上の設定だが
母としての強さ、女としての美しさを醸し出している。
時代劇スターの友情出演
庄屋の宗右衛門を演じたのは里見浩太朗。
井上監督のデビューは『長七郎江戸日記』。
『水戸黄門』でも里見さんと共に時代劇を作ってきた。
知らない人はいない大スターが井上監督の作品に友情出演。
先見の明もある誰からも慕われる宗右衛門をしっかりと演じた。
里見さんの声を聞くと嬉しくなってしまう自分は
やはり時代劇が好きなのだと思う。
そしてもう一人。渋谷天外さんの出演も私には嬉しかった。
見ていた観客の年輩層からも「おおっ。」と声が上がっていた。
時代劇には日本人の心がある。
日本の歴史と文化を伝えるひとつの要素としても消えてほしくはない。

左から 長谷川さん 高杉さん 井上監督 加藤さん
この作品の慎一郎が子供たちに先人の教えを伝えるように
この作品自体は時代劇を後世へと伝えていく。
この作品は自主配給だからこそ様々な場所で上映できる。
福岡での先行上映後は全国で自主上映会をしてくれる場所に回っていく。
松方弘樹さんは自分で映画を作ってDVDを持って上映しに行きたいと語っていたと言う。
時代劇を見てくれる人がいる限り作ろうとしていた。
すもも製作委員会の方たちも同様の思いがあるのではないか。
テレビ局や映画館で上映できなくても
スクリーンとDVDデッキがあればそこはその日限りの映画館だ。
映画『すもも』公式ホームページ
https://jidai-geki.wixsite.com/sumomo
自主上映の依頼情報も上記のサイトからご確認を。
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